再生への旅

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zoom RSS 前向きに生き、後ろ姿に学ぶ

<<   作成日時 : 2016/06/21 17:14   >>

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夏萩のまだ数ならぬ涼しさよ 玉宗


時々、今日までよく社会の中で生きて来られたもんだなと我ながら他人事のような思いに浸ることがある。大した能力もないというのに社会の歯車の一員として認められて来たことを思えば悪夢に魘されて当然なのだが。実際のところは憎まれっ子世に憚るといったところではないのか。人を押しのけて生きて来なかったと言い切れない思いもある。思えば出家というのも人を押しのけるものではないが、社会を交す生き方ではあろう。

一般的には社会人とは一人前の人間と見做され、納税義務にも耐えられるとされ、様々な社会的権利・義務・保障が担保される事になる。要するに約束を守れるようになるということか。勿論、人間には夫々才能や力量に差があり、そのような凸凹な人間同士が支え合い、補いあって、互助的に生きている。社会的動物と云われる所以であろう。そのようなことを弁えることができる人間こそが分別ある大人とされるようだ。

わが身を省みて、二十歳になっても大人という自覚が持てなかった。それどころか、二十代の葛藤渦巻く、混沌たる精神的放浪の始まりでさえあった。一度生まれただけでは順調に大人に成りきれない、厄介な人間の正体が白日のもとに曝されたのである。
二十代での出家まで幾つかの人生の曲がり角を回ったが、出家は私にとって初めての「社会への自主的挑戦」であった。あの時初めて大人の仲間入りをしたという思いがあったのを忘れない。社会的には落ちこぼれであるが、人生の絶壁を一つ飛び越えたという実感があった。それはもしかしたら社会ではなく、自分への挑戦であったのかもしれない。

そういう意味では人生は全て自己責任である。当り前のことだと思う。自己の命を生きるのは自己のみ。生まれて生きて死んでゆくという、誰にでも平等に与えられた命の条件をいったい誰の責任に出来るというのだろうか。そうではあるが、お坊さんとて現実には多くの縁の中で生きており、自己という存在が決して一筋縄ではいかないものであることを実感している。
人様の中でちゃんと生きて行けるだろうかといった不安も、ひとりに立ち返った時の存在の深遠を覗こうとしているからなのかもしれない。自己に向き合うと云う修行の真っ最中である倅。彼が自己の醜さや甘えや弱さに絶望し、その谷間から這い上がってきた時、人間としての自立が始まっている筈だ。社会に絶望するだけでは足りない。自己に絶望してこそ社会で生きる人間としても逞しく再生できるのではなかろうか。

曲がりなりにも親となった私は、倅の先を行く自己再生の道を歩く老兵のようなものだ。彼に何をしてあげれるだろうか?祈ることしかできない己の無力さに向き合っている日々である。子供は親の後ろ姿をみて育つと云うが、それは親と雖も人生を後戻りできない現実を物語っていよう。人は誰でも前を向いて生きて行く。後から来るものは後ろ姿に学ぶ以外の何処にも人生を学ぶ優先席はない。前向きに生き、後ろ姿に学ぶ。家族とはそのような人生の学び舎でもあろうか。




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「父の座」

父といふ遥かなものが端居して

父の日の父の座に父居らざりき

すててこの父が行つたり来たりして

焼酎や負けてばかりの父とゐて

額の花言わずもがなの父がゐて

父愛すべく酒は寡黙に冷やすべく

飯の汗父が家出をしたやうな

海亀に跨いで遠く父帰る

見えてゐて沖なす父の涼しさよ

父といふをかしなものがさみだれて



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「同じ」

ふり返ればそこに悔いあり雲の峰

西瓜提げ謎めく叔父が偶に来る

夾竹桃空に汚れてしまひけり

嫁がざる姉が二階に夏燈

白玉や兄より老いてしまひけり

愛薄き妹ひとり額の花

上布着て他郷を終の住処とす

よく見れば従兄弟と同じ裸足なる

垂乳根と同じ闇なる蚊帳の中

ナポリ見て死ねとばかりに西日して

蛍火の水の葬り始まりぬ



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「手つかず]

今日夏至の手つかずの空めくるめく

思ひだせぬまゝに滝見てをりにけり

水中花懈怠のときの過ぎゆけり

夏祭り来ると母じやを退けにけり

肥溜めに放り込んだる草矢かな

気がふれて母がいきなり踊りだす

がうがうと空流れゆく花藻かな

拘りのなかりし父の黴臭く

南国に夢あり風のあかるさよ

明易き山の方より鐘の音

安居僧らしきが戸口塞ぎをり






時々、今日までよく社会の中で生きて来られたもんだなと我ながら他人事のような思いに浸ることがある。大した能力もないというのに社会の歯車の一員として認められて来たことを思えば悪夢に魘されて当然なのだが。実際のところは憎まれっ子世に憚るといったところではないのか。人を押しのけて生きて来なかったと言い切れない思いもある。思えば出家というのも人を押しのけるものではないが、社会を交す生き方ではあろう。

一般的には社会人とは一人前の人間と見做され、納税義務にも耐えられるとされ、様々な社会的権利・義務・保障が担保される事になる。要するに約束を守れるようになるということか。勿論、人間には夫々才能や力量に差があり、そのような凸凹な人間同士が支え合い、補いあって、互助的に生きている。社会的動物と云われる所以であろう。そのようなことを弁えることができる人間こそが分別ある大人とされるようだ。

わが身を省みて、二十歳になっても大人という自覚が持てなかった。それどころか、二十代の葛藤渦巻く、混沌たる精神的放浪の始まりでさえあった。一度生まれただけでは順調に大人に成りきれない、厄介な人間の正体が白日のもとに曝されたのである。
二十代での出家まで幾つかの人生の曲がり角を回ったが、出家は私にとって初めての「社会への自主的挑戦」であった。あの時初めて大人の仲間入りをしたという思いがあったのを忘れない。社会的には落ちこぼれであるが、人生の絶壁を一つ飛び越えたという実感があった。それはもしかしたら社会ではなく、自分への挑戦であったのかもしれない。

そういう意味では人生は全て自己責任である。当り前のことだと思う。自己の命を生きるのは自己のみ。生まれて生きて死んでゆくという、誰にでも平等に与えられた命の条件をいったい誰の責任に出来るというのだろうか。そうではあるが、お坊さんとて現実には多くの縁の中で生きており、自己という存在が決して一筋縄ではいかないものであることを実感している。
人様の中でちゃんと生きて行けるだろうかといった不安も、ひとりに立ち返った時の存在の深遠を覗こうとしているからなのかもしれない。自己に向き合うと云う修行の真っ最中である倅。彼が自己の醜さや甘えや弱さに絶望し、その谷間から這い上がってきた時、人間としての自立が始まっている筈だ。社会に絶望するだけでは足りない。自己に絶望してこそ社会で生きる人間としても逞しく再生できるのではなかろうか。

曲がりなりにも親となった私は、倅の先を行く自己再生の道を歩く老兵のようなものだ。彼に何をしてあげれるだろうか?祈ることしかできない己の無力さに向き合っている日々である。子供は親の後ろ姿をみて育つと云うが、それは親と雖も人生を後戻りできない現実を物語っていよう。人は誰でも前を向いて生きて行く。後から来るものは後ろ姿に学ぶ以外の何処にも人生を学ぶ優先席はない。前向きに生き、後ろ姿に学ぶ。家族とはそのような人生の学び舎でもあろうか。




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「父の座」

父といふ遥かなものが端居して

父の日の父の座に父居らざりき

すててこの父が行つたり来たりして

焼酎や負けてばかりの父とゐて

額の花言わずもがなの父がゐて

父愛すべく酒は寡黙に冷やすべく

飯の汗父が家出をしたやうな

海亀に跨いで遠く父帰る

見えてゐて沖なす父の涼しさよ

父といふをかしなものがさみだれて



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「同じ」

ふり返ればそこに悔いあり雲の峰

西瓜提げ謎めく叔父が偶に来る

夾竹桃空に汚れてしまひけり

嫁がざる姉が二階に夏燈

白玉や兄より老いてしまひけり

愛薄き妹ひとり額の花

上布着て他郷を終の住処とす

よく見れば従兄弟と同じ裸足なる

垂乳根と同じ闇なる蚊帳の中

ナポリ見て死ねとばかりに西日して

蛍火の水の葬り始まりぬ



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「手つかず]

今日夏至の手つかずの空めくるめく

思ひだせぬまゝに滝見てをりにけり

水中花懈怠のときの過ぎゆけり

夏祭り来ると母じやを退けにけり

肥溜めに放り込んだる草矢かな

気がふれて母がいきなり踊りだす

がうがうと空流れゆく花藻かな

拘りのなかりし父の黴臭く

南国に夢あり風のあかるさよ

明易き山の方より鐘の音

安居僧らしきが戸口塞ぎをり



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