再生への旅

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zoom RSS 今日の諸悪莫作・自他を思いやるこころ

<<   作成日時 : 2016/07/27 17:22   >>

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朝顔や昨日と同じ夢をみて 玉宗

人種や格差や障害者差別が助長されている世の中なのだろうかと不安に駆られる事件が次々に起きている。
居ながらに多くの事件や事故などの情報を得ることができる現代。眼を覆い、耳をふさぎたくなるような悪行は今に始まったことではないと思うのだが、それにしても人の心に巣食う闇といったことに思いが及ぶ。人の世を修羅にも地獄にもさせる本性。善悪を兼ね備えた人間性の中でわれわれは蠢いている。

そのような娑婆の世界で 「人を思いやるこころ」といった感性がまぎれもなく人間にはある。
それは人類が過酷な生存競争の中で磨きあげ、耕し続けて来たもう一つの本能ではないだろうか?個でありつつ、集団であることを避けられない人間。パーソナルでありつつソーシャルな命の矛盾。思い遣りとか寛容さこそがその矛盾の中で育て上げて来た人類の叡智であり、万物の霊長たる所以ではないのか。

人間の愚かさとは何か?
人の痛み、悲しみ、喜びに思いを致すことが平和の原点であるという提言はいつの世にも云い継がれてきた言葉のようにも思える。しかし、人間は「同じ過ちを繰り返す」動物でもあった。狭い自分の妄想に足元を掬われる人間。愚かさと賢さ。その両刃の刃を隠し持っている人間。身のほどを弁えず、過ちを過ちとも受け入れることができなくなった人間。人類はその愚かさに滅ぶ、とはよく言われるところであるが、その愚かさとはやはり「おのれを知らない」ということに尽きるのである。

自己を知ること。
それはそれぞれがそれぞれの命の深みへ切り込んでゆかなければならない孤独な作業である。従来、それは「宗教」が担ってきた領域ではなかっただろうか。そしてそれは現代でも変わらない筈だ。「無宗教」といって憚らない現代人。それは自己の命の豊かさを知らないと口外していることに他ならない。そのような人間に他者を思いやる心の芽生えるはずもないのである。われわれは知るべき本来の自己をどこかへ忘れて来てしまったらしい。



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「血脈」

朝顔や二人で生きて来た朝の

米櫃を覗いてゐたり明易く

杏子もぐ梯子を妻の支へをり

好き勝手に生きたる果てや羽抜鶏

船虫やぞろぞろぞろと沖暮れて

ひぐらしや血脈つひに仄暗き

浴衣着て夜空さざめきゐたりけり

月見草波の音にも日の暮れて

夕立に先駆け暗き風来る

蚊帳吊りて星の滴る夜なりけり


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「わがこと」

あめんぼう水面張りつめゐたりけり

生まれ変はる旅の途中や蝉の殻

落し文釈迦成道の菩提樹の

ごきぶりを逃し憤懣遣るかたなし

わがことと駆け出してゆく道をしへ

裏といふ王道にあり蛞蝓

天道虫行方も知れず空残る

やがて死ぬ腸熱き蝉の声

逃げてゆく蟻を父かと思ひけり

ががんぼの脚に手間取ることをして

蝸牛やほとほと遠ききのふけふ


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「終活」

生きものに死の匂ひして暑かりき

百日紅空に汚れし眼あり

昼寝覚め頭悪きはそのままに

晩年は意外と気楽浮いてこい

葬送の列ながながと雲の峰

取りあへずなきことにして心太

箱庭に虹を見てゐる人らしき

終活は昼寝してからのちのこと

取返しつかぬ気まずさ水中花

水鉄砲撃たれてすぐに仲良くなる

晩鐘を打てとばかりに蝉の殻

くちなはの嗤ふが如くのたうちぬ






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