再生への旅

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zoom RSS 今日のやっちまったよ・職人さんと道具

<<   作成日時 : 2016/07/06 16:46   >>

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すててこの父の余生が目に余る  玉宗


現在、永福寺では11月の晋山式に向けて改修工事の真っ最中なのであるが、先日久々の「やっちまったよ」をしでかしてしまった。

普請ということで馴染みの大工さんが入っている訳だが、私は昔から大工さんのような所謂「職人さん」に興味があって、その道一筋に生きている人間に一目置いているし、心を開いて接するようにしている。また不思議なことに、「職人」さんの前では身構えたり、心閉ざすということができなくなるものだ。謙虚にならざるを得ない。一芸に通じている人間にはそのような万事に通じている逞しさ、頼り甲斐、誠実さ、謙虚さといったものが感じられる。私は以前からこの職人さんにも同様の姿勢で接して来ていた。

まあ、それはそれでいいのだが、今回はその善意に付け込んで失敗をやらかした訳である。
大工さんが細工してくれた板が私の指示したものより10センチほど長かった。その板にはすでに上塗りもしてあった。大工さんに言って削ってもらえば済んだのであるが、その日はなにやら離れたところで別の作業をしていた。夫人も立ち会って大工さんと話している。

見れば、私の横に細かい両刃の鋸が道具箱にも入れられず、無造作に置いてあった。これはどう見ても、お寺の鋸ではない。大体がお寺には碌な大工道具がない。明らかに大工さんのものである。今更「10センチ長いから削って」というのも煩わしかろうと思い、いささか良心に影が兆したが、「まあ、ちょっと借りて、すぐ終わるし、元へ返しておけばいいやろ」と犯罪者の自己弁護の心理に負けてしまった。幸い、夫人も見ていないし、それが悪行遂行に拍車を掛けた。夫人がいたら決して許すはずもないことをだめ亭主はよく知っていたのである。

で、現場に行って厚さ3センチ、長さ三メートル、幅20センチの板の端を鋸し始めたのである。悪事千里を走る?誰か私のいる方へ歩いてくる足音がする。明らかに夫人である!一瞬冷や汗が走った。静かになった私の存在感になにかを察したのだろう。この辺の感には人並み以上のものが夫人にあるらしい。

「お父さん、なにしてるの?」

「あっ、ん〜、これ少し長いので切っているんだ・・」

「そんなこと大工さんにしてもらえばいいじゃない!だめよ!そんなところで、勝手に道具を使って!念入りに作ってくれたんだから、だめだってば!やめて〜!」

「大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないってば!」

「ああ、うるさいな、大丈夫だよ」

「やめて!やめて!」

会話だけ聞いていればなんのこっちゃかと思われるが、夫人が現場に到着したときはすでに三分の一ほど削れていたのである。

「お父さん、やめっててば!」

「ああ、うるさいなあ!大丈夫だってば・・・」

パキン!」

これは夫人の音ではない。鋸が真っ二つに折れた音だった。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

夫人もことの重大さをすぐに察したのだろう。少しの間、沈黙と冷ややかな空気が漂った。厚さ3センチの板を削るには細い鋸だったのだろうか。否、鋸のまっとうな使い方をしなかったのだろう。

「・・・・・どうすべ・・・・、弁償やな、これは・・」

「言わんこっちゃない、なにやってんのお父さんは、ほんとに。知らないわよ。大工さんに謝って済むことでもないわ。もう、知らないから・・」

と、言うなり踵を返していなくなってしまった。
さすがの私も事の顛末を隠しようも、弁解のしようもなく、早速、大工さんの元へ折れた鋸を持って駆けつけた。

「大工さん、ごめんなさい。黙って使ってこんなことになっちゃった・・・」

人のいい大工さんも一瞬「やらかしてくれたね…」みたいな表情になったが、依頼主である私を怒るわけにも殴る訳にもいかないだろうことを察知されたようで、

「ああ、いいよ、代わりのがあるし。いいから、大丈夫だよ」

「ごめんなさいね、弁償するから、勘弁してね」

「弁償なんかせんでいいよ。」

「ほんとに、ごめんなさい」


職人さんにとって「道具」とは自分の命と同様の代物であろうことは想像に難くない。どうしたものか。ここは夫人にも一緒に謝ってもらうしかないかなと思ったりもしたが、さすがにそれは虫が良すぎるだろう。弁償することにするからとかなんとか言い訳をするつもりで夫人の部屋を覗いてみると、夫人は目を真っ赤にして涙目であった。あきかに私のしでかした、信じられないような不始末が、情けなく、腹立たしさが極まってのものであることが見て取れた。腐ってもお坊さんのすることではないのである。夫人にはそれもまた許しがたく、情けなかったのだろうね。夫人はそういう人間なんだなあ。

お坊さんにとっては三界をわが調度として自由自在に活かすことが理想であるが、それは命の受け止め方として世界と一体であることを志向してのことであって、現象世界で人のものはわが物、わが物はわが物といった勝手気ままでないことは言うまでもない。と、私が言ってみても何の説得力もないね。


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「星の数」

夏安居や山越えてゆく星の数

梔子や空見るたびに傷ついて

飾られて大人しくなる祭馬

父母を殺めし朝の水鶏とも

放蕩の果てなるここに羽抜鶏

鴨の子の胸打つ母の水脈太く

涙目に走る渚の子亀かな

暮れてゆく水のにほひの鵜なりけり

夕空のなだれはびこる蚊喰鳥

生きてあれば深山鶯朝を鳴く

夜に浮かぶ非常階段雨蛙



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「われなくて」

われなくてよかれとおもふ桔梗かな

風鈴のほかは遠慮もなき暮らし

米の虫米にまぶれし貌をして

グラヂオラス洗ひざらしの風とどく

夜を裂いて月下美人の咲きだしぬ

桑の実やきそひし兄も遠くなり

出口より入口暗き半夏生

月の出のひだるさ烏瓜の花

立葵ふるさと老いてゆくばかり

凌霄花空の青さも眩むほど


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「の」

雨蛙指先に乗る大きさの

秘密めく風船葛さみどりの

杜鵑近くて遠い故郷の

蝉鳴くやだれかがゐなくなる道の

青田風明日は出てゆくふるさとの

新じゃがや在所の祭り来る頃の

夏川の音のうれしさ葉隠れの

虎尾草の尾を垂れゐたる霧込めの

雲の峰愛なき街の坂の向かうの 

合歓の花卒塔婆小町も老残の


















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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
やっちまいましたか。なまじ自信があると、やってみたくなりますね。私も小器用なところがあって、時々失敗します。
志村建世
2016/07/06 22:01

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