再生への旅

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zoom RSS 葬式祭り・再掲

<<   作成日時 : 2016/07/18 16:37   >>

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渡御過ぎて犬猫渡り始めけり  玉宗

門前町には有形民族文化財とでもいうべき伝統的な奇祭がいくつかある。町内の門前・走出の両地区で毎年7月18日・19日に行われる例祭で、通称「ごうらい祭り」とも呼ぶ、全国でも珍しい神仏混淆の祭である。この祭りは、鎮守である櫛比神社の神輿が曹洞宗の総持寺祖院を年に一度ご機嫌伺いに訪れるという形式で行われる。
総持寺御移東百周年記念行事の一環として、横浜市鶴見でこの「ごうらい祭り」を実演する予定であったが、東日本大地震の影響を考慮し中止となった。

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18日の夕刻、神輿の行列が賑やかに太鼓や祭り囃子の音と共にかがり火の焚かれた総持寺境内に入り、出迎えた僧侶達の前で櫛比神社の祭典が執行される。儀式を終えた後に神輿は神社には戻らず「おかりや」で一泊する。漢字を当てると「御仮宿」となるそうだ。ちょうど興禅寺の筋向いの広場にそのおかりやは作られる。夜を通して各家では振る舞いがもてなされる。雲水時代には門前のおばあちゃんたちに御馳走やお小遣い!を貰ったものだ。(もう一度あの頃に戻りたい。)

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 「ごうらい」とは、猿田彦の面をつけ、長い丸棒を持って祭りの行列の「露払い」をして、祭りのペースを整える人のことで、毎年両地区が交代で42歳の厄歳となる男衆が努める習わしがある。両日とも日中には、青年団と子供会による太鼓や獅子舞が、氏子の門口で舞い、太鼓を打ち鳴らして祭りを盛り上げる。私は氏子ではないが境内に入って貰い獅子舞を奉納して戴く。
「興禅寺さまより、おはな頂戴!寺門繁栄、家内安全、夫婦円満!ありがとうございました!」

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ところで、地元では「ごうらい祭り」を「葬式祭り」とも呼んでいるという。
葬式に祭り騒ぎとは何事か!という御仁も居られるかもしれないが、そんなややこしい話ではない。神仏混淆の由来を半ば揶揄的に、半ば親しみを込めてのことばであろう。

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しかし、これは地元のものが言い出したとも思えない。
お寺=葬式という安易な響きが感じられるが、まあ、それも面白いと言えば面白い。実際のところ、こころある町民の口からは「葬式祭り」という言葉は出てこないのだ。

こんな能登の田舎にも葬式仏教の濡れ衣が多少は及んでいるのか。神祇の場合はまだ境内において行事を執行するが、葬式は葬儀屋さんの斎場でするようになり、お坊さんは葬儀の一つのスタッフにすぎなくなっている。世間はそういう風にお坊さんを見ているのだろう。しかし、自然豊かな田舎は、まだそのような心映えにしても素朴なところがある。揶揄するにしてもしないにしても。

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そしてまた、本来、葬儀とお坊さんの関わりとはそのようなものなのかもしれない。お釈迦様は葬式のお布施で露命を繋いでではいなかった。いつの頃からか、いのちや人生の問題に口出しをするお坊さんに葬式の役が廻ったのであろう。誰かがやらなければならなかった。それはお坊さんでなくてもよかった?
将来、そうなるかもしれないと私は思っている。

葬式仏教を批判的に受け止めるお坊さんと社会がある。一方でその意義を尊重するお坊さんと社会があるのも現実である。ん〜 なんか不毛だなあ。世の中が世知辛くなったように思えて仕方がない。

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葬儀も祭りも、昔の人々はなんと、のびのびと、拘りなく、質素に、泣き、笑い、歓喜し、悲嘆にくれたことだろう!その対応力の柔軟さ、心豊かさに驚き、羨望を禁じ得ない。神と仏。褻と晴。陰と陽。生と死。そのおおいなる矛盾を見事に超越してる。その民族のおおらかさは世界に誇っていいのではないか。

神仏混淆、日本アニミズム、田舎万歳!!

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「ひとり」

よき風の当るところに夏ひとり

風にやゝ遅れて蓮の波打てる

群衆の中のひとりや雲の峰

梅干して星の滴る夜なりけり

稲の香に噎ぶ故郷へ帰りけり

草いきれ斃れ伏したる辺りより

青葉木菟一人の夜を灯すとき

夢を奪ひに夏暁へ舟を出す

うつせみやよるべき空もなかりけり

夜や秋の一人に慣れてしまひけり



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「同じ夢」

郭公や雑巾固く絞るとき

掃き寄せて風のかろさや夏落葉

瘡蓋の下は真つ赤ぞさるすべり

蜩や地蔵が知恵を絞るとき

鬼灯やそろそろ母が来るころの

雨ながら蜘蛛が糸引く花擬宝珠

蜻蛉の空が遠くてならぬなり

朝顔やきのふと同じ夢を見て

夕月に這ひ出す烏瓜の花

花火果てつまらなさうに満足す


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「ならぬ」

逃げ隠れならぬと祭囃子かな

灯点さず夕ひぐらしの中にをり

死ぬる世を涼みながらに渡御を待ち

病葉や寄り添ふ影もなかりけり

暮れてゆく水の夕べや巴旦杏

紫陽花の咲き満ちてゐてなほくらき

空はひとりのしづけさにあり額の花

さつきから向日葵の目に触れてをり

茗荷の子ここにゐますといふくらさ

蛇といふ出会ひがしらのあるばかり

ごろすけほう枕を深く眠るとき










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