再生への旅

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zoom RSS お盆に思うこと

<<   作成日時 : 2016/08/11 19:31   >>

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盆三日影絵の如く過ぎゆけり 玉宗


さあ、いよいよお盆が始まるね。
今日は金沢に住む檀家さんの棚経に行ってきた。倅もお暇を戴いて、お手伝いのお坊さんと三人で明後日から棚経廻りをする。

お盆という行事は先祖への思いを致すことであるのだが、それがそのまま今を生きる自己の命の豊かさ、深さ、奇跡といったものへ自然に実感させられる。切れながらも続いているいのちの繋がり。そのような人生の目覚めに、お坊さんがいささかなりともお役に立っているのがお盆の行事ではなかろうかと思ったりしている。普段は、禅は自己確立の実践であると息巻いて、世間との交わりを二の次にしているような私であるが、お盆をはじめとした社会の需要に応えることができている現実を否定する訳にはいかない。

お坊さんのすることはまやかしであり、ままごとであり、無意味なことだとする人たちがいるかもしれないが、曲がりなりにも人様の役に立っている現実を私は恥じたりはしていない。ままごとと言えば確かにそれは仏さまのままごとである。実一辺倒だけで人生が割り切れるものではない。虚実、隠顕を超えた命の現場を誤魔化してはいけない。余念を交えず、あるがままにまっすぐいのちの、今、ここ、を見たとき、受け入れたとき、決して理屈だけで割り切っては生きていないことを誤魔化してはいけない。

私共は生についてどれほどのことを知悉しているというのか。死についてどれほどのことを知悉しているというのか。生きるkとに、いのちの実相に、今、ここに、人は謙虚であり過ぎるということはなかろう。主義主張も結構だが、自己の却下をまず晦まさないところから、いのちの実物のところから人の世へ往還できないものか。

仏弟子としても、一人の人間としても、お盆という伝統行事を誇って行じていきたいものだ。


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「ごそごそと」

来し方の風のにほひや色なくも

秋桜風のかろさの色に浮き

盆の道だれも迷はぬやうにして

葛咲くや月に傘せし葉隠れの

威銃あかつき山に続けざま

ごそごそと黒穂を抜いてゐるらしく

稲の花夜の向かうに噎せ返り

勾玉を孕みしごとく鹿ねまる

朝に夕に地べたに並べ草の市

八月の雲湧く空の高さかな

新涼の枕引き寄すごそごそと


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「褒美」

夏痩せてうらめしさうに来たりけり

花蓮ひらかむとしてにほひ立ち

まだ夢の途中つくつくつく法師

帰省して暫く所在なかりけり

ながらへて蜻蛉の空があるばかり

秋蝉のじたばた胸に突き当たる

鳴子守暇さうにして任さるゝ

薬にも毒にもならず秋簾

言はれたるまゝに溝萩抱へ来る

ちんちろりん褒美のごとく夜が来て

稲光妻を浚ひに来る夜かな


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「憎めぬ」

白桃の瑞々しさを凌辱す

山野辺の北國街道梨を売る

りんごりんごいつも一人の林檎かな

藤の実の宙ぶらりんでありにけり

誰からも愛されずして虚栗

馬鈴薯や家族のごとく連なりて

いや固きされど憎めぬ南瓜かな

青蜜柑胸の高さに海かがよふ

甲州の露の甘さの葡萄かな

しらじらと闇にけぶれる花茗荷

藪枯らし咲くといふより蔓延りぬ

ゆらめくはだれが溜息酔芙蓉






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