再生への旅

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zoom RSS 今日のばかやろう・親の責任、子の責任

<<   作成日時 : 2016/08/26 14:16   >>

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稲の香や母に抱かれてゐる如し 玉宗

俳優という生き方は準公人的な存在なのだろうか。
またぞろ、成人してまもない男優が欲望の制御が効かず暴走し、事件を起こした。同業者でもある母親が例の如くに衆目の元で謝罪会見。

見る限りにおいてあれ以上の親としての弁解があろうとも思われない。それにしても、そんな親にしても一人の自立した子を育て上げることの難しさを目の当たりにするし、親御さんご本人がそれを今痛感しているのだろうね。それにしてもあのように、わが子のしでかしたことに親が公式な謝罪をするという慣例は如何にも日本的なものなのだろうかと、いささか違和感がないでもない。

いくつになっても親子は親子って言ってみたり、或いは成人したら自立した社会人なんだからと見なされることを期待したりするんだけど、いったん事が起こると自己責任の及ぶ範囲に迷うのが人間だよね。個でありつつ社会性を免れない存在であることを思い知らされる。それを今更日本的情緒であるとかないとか言ってみてもしょうがないことなのかな。

人間という生き物はまさにその社会性のゆえに、救われもし、生きる力も生れ育てることができるのだろうし、又、同じ可能性の地平線上で悪にも手を染め、自己を見失い、個の欲望に振り回され妄想の限りを尽くすもののようでもある。

親の責任、子の責任といったものがあろう。そして社会の責任、個の責任といったものもあるのではないのかな。今回のような事例を見る度に、問題を社会化することで、究極の自己責任から免れようとしている自分がいることに少なからず気づかされるのは私だけだろうか。

人は結局、何を言ったかではなく、どう生きたか、何をしたか、なにをしなかったかでその生きざまを評価されるんだろうね。生きるとは具体的なことだ。具体的な今のあり様、今ここの事実をまっすぐ受け入れられるような人間であってはじめて、自己責任に於いて人生を語ることができるのかな。

それにしても他人事ではないね。



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「石仏」

秋風に石も仏となる日かな

一つづつ石に灯して地蔵盆

華燭吹く風のいろにも地蔵盆

二の腕に老いの弛みや処暑の妻

喰ひ足りて眠たくなりぬ稲雀

目瞑れば飢ゑ襲ひ来る穴惑ひ

コスモスを吹き消すやうな風が吹き

稗抜きに穂波かき分けゆくところ

風船葛ほどの小さき秘密あり

かうしてはをれぬと急ぐ一葉かな

追ひつけぬ雲あり草も穂となりぬ



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「風の景」

よく眠る稲甘からむ日を孕み

草は穂に山巓遠くなりにけり

コスモスや風に弄られ風なぶり

床の間に芒一輪風の景

好き勝手に生きてひとりやいぼむしり

お螻蛄さへ滅多なことで鳴きはせぬ

えのころや大風小風つむじ風

爽やかに癪に障れる女かな

穴惑ひ足手纏ひのなき愁ひ

風神の尻餅つきし稲穂かな

天高く人に遅れることをして

海原は風の墓場ぞ秋つばめ



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「石仏」

秋風に石も仏となる日かな

一つづつ石に灯して地蔵盆

華燭吹く風のいろにも地蔵盆

二の腕に老いの弛みや処暑の妻

喰ひ足りて眠たくなりぬ稲雀

目瞑れば飢ゑ襲ひ来る穴惑ひ

コスモスを吹き消すやうな風が吹き

稗抜きに穂波かき分けゆくところ

風船葛ほどの小さき秘密あり

かうしてはをれぬと急ぐ一葉かな

追ひつけぬ雲あり草も穂となりぬ



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「風の景」

よく眠る稲甘からむ日を孕み

草は穂に山巓遠くなりにけり

コスモスや風に弄られ風なぶり

床の間に芒一輪風の景

好き勝手に生きてひとりやいぼむしり

お螻蛄さへ滅多なことで鳴きはせぬ

えのころや大風小風つむじ風

爽やかに癪に障れる女かな

穴惑ひ足手纏ひのなき愁ひ

風神の尻餅つきし稲穂かな

天高く人に遅れることをして

海原は風の墓場ぞ秋つばめ


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「伝説」

喩ふれば秋の風鈴なりしかな

秋刀魚焼くほかに主張もなかりけり

生きながら伝説となり穴惑ひ

枝豆や特に取り柄のなき男

稲刈るやおそらく生れ変はりても

明後日の糸瓜の水を取りに来る

婿に入り秋も昼寝を欠かさざる

秋蝶がお暇乞ひをしに来る

稲架組むや沖に白波立ち初めて

雨雲の近づいてゐる蕎麦の花





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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。とても考えさせられました。

容疑者の母親がこの場合どれほど責任があるかと考えますと、母親がかわいそうに私も思います。

その反面、この容疑者を調子付かせた雰囲気を作ってしまった周囲、更に言えば世の中、そう考えると、本当に他人事と言える人は誰もいないのでは、そんな風に思いました。
G
2016/08/26 15:17

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