再生への旅

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zoom RSS 今日の眼横鼻直・マインドフルネス、って何?!

<<   作成日時 : 2016/10/04 14:56   >>

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芋の葉も赤子包めるほどとなり 玉宗


マインドフルネスって注目されているんだね。
先日もNHK総合テレビで紹介されていた。なんだか坐禅の工夫と同じようなんだけど・・・。目的が違うのかな。お坊さんは何かを欲しがったりするための坐禅をしていないのが建前ではあるが、当初はやはり「苦悩からの解脱」が初心ではあろう。健康になりたくて出家したとは聞いたことがないし、私自身、不健康極まりない人生の果てにお坊さんという再生の機会に一歩を踏み出したのにはちがいない。

世の中の「治療」としての需要が注目されたことにとやかくいうつもりはない。坐禅をしていれば結果として身心の不都合や偏りや拘りや病が治ることはあり得るだろうけど、諸行無常の人生をどう生きるか、今をどう生きるか」といった自問自答のひとつのあり方として坐禅があるのではないのかな。少なくとも私にとって坐禅やお坊さんでいることはそういうことが十分な条件が揃っている訳だ。

マインドフルネス。耳障りの言い言葉だけど・・・。健康志向もいいが、健康過ぎるのも危うい。我欲の面の皮の話にすぎないのではないのかどうか。自分さえ良ければといった排他的なにおいがしないこともない。宗教として、つまりありのままを生きる無為の法としてなりたっているのかどうか、わが眼横鼻直の宗旨を蔑ろにすることがないのかどうか、不染汚の行持であるのかどうか。わがこととして脚下照顧しなければならんね。



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「影」

秋夕焼手のつけられぬ父のゐて

聞き分けのよき子に柿の赤くなり

毒茸と同じ影引く別れかな

赤蜻蛉日暮れて道の遠かりき

椿の実石の音して弾けたる

くわりんの実頑なにして影ありぬ

よく晴れてコスモスに影なかりけり

茗荷の子日蔭育ちの味はひの

真夜中の月に寝返る鼻詰まり

裏富士に仰け反る飯田蛇笏の忌

蓑虫や為すこともなく日の暮れて

秋刀魚焼く男に影のありにけり



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「ばかり」

来た道を帰るばかりぞ秋の暮

風止んでえのころ所在なかりけり

ひつぢ田も風に戦げる丈となり

稲雀とても追ふ気にならざりき

水音に耳を雪ぐや秋澄みて

秋風に吹かれてばかりけふもまた

栗の実をひとり拾ひぬ十粒ほど

稲架降ろしそのまゝ豆を架け始む

露草やうつつに明くる夢十夜

家族あり灯色に柿熟れて

花オクラみごとに空の晴れ渡り

あとは只死ぬるばかりぞ紅葉づれる



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「風上」

藤袴腰の低さに咲き揃ひ

鰯雲モーゼの海を渡るなり

杜鵑草言葉足らぬを悔やみけり

風上にも置けぬ男と烏瓜

置かれたる石の愚直さ秋の暮

肩肘を張らずコスモス見てゐたる

秋耕や見渡す限りふるさとの

蜂が来て釣舟草を覗き込み

台風が来ると俄かに父となる

神様はときに気まぐれ稲雀

龍淵に仏弟子洞に潜むなり

添ひ寝してくれとも言へず鮎錆びぬ






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コメント(1件)

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おはようございます。マインドフルネスも正しい仏道へと向かう入り口になると良いなと思います。人生の足元を見つめ、自分の健康状態が良ければそれで良いという気持ちを捨てるきっかけとなる、そんな正しい形での坐禅が広まっていくと良いなと思いました。
G
2016/10/11 07:55

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