再生への旅

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zoom RSS 墓場よりの風景

<<   作成日時 : 2016/12/12 19:58   >>

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置かれたる石の愚直さ十二月 玉宗

結婚記念日って云うんですか。義母に言われて気がついた。

昭和60年だから33年目ということかな。結婚は人生の墓場とすれば33回忌。ん〜、実にめでたいんだか、恨めしいんだか。訳が解らん次第ではある。いつも妻に寄りそってきたかと言えば「否」としか言えない身勝手な夫ではあるが、まあ、いろいろあったが、餓えもせず、別れもせず今日を迎えて生き伸びてきた二人ではある。

夫婦となって33年。夫を学び、妻を学び、父を学び、母を学び、祖父祖母を学び、家族を学び、出会い別れを学び、社会を学び、生を学び、死を学び、過去現在未来を学び、諸行無常を学び、煩悩を学び、覚醒を学び、失敗を学び成功を学び、希望を学び、絶望を学び、迷悟を学ぶんできた歩み。すべて自己を学んできた道程であることを痛感する。そういう意味で確かに感慨深いものはある。私のあてや都合や希望を遥かに超えて、わが思いを殆ど蔑ろにして現実は展開した。悉く思い通りとはいかなかったが、些かなりとも夢を力として生きてきたようにも思える。我ながらしぶといといえばしぶとい。

この間、生き別れ、死に分かれした人の数は数え切れないほどになってしまった。生きているものより死んでしまった縁者たちの方が圧倒的に多い事実がある。天上の賑わしいことであることよ。遺された私たち夫婦と子二人、孫一人。義母と義姉。家族と言うも一期一会。ひとときの時節因縁の風光ではある。一人し生まれ、一人し生きて、一人死す。共にあると雖も独りであるいのちの実相がある。だからこそ支え合い、寄り添いであるか。夫婦とはお互いに身を捨て心を捨てることのできる唯一の他者とも言えよう。

やがて死ぬ我らである。今を限りの真を尽くしていくことに変わりはない。いつも再生、いつも臨終。墓場よりの眺めも悪くはない。

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「音」

霜月や馬の鼻息ゆたかなる

綿虫の消えて無くなるやうに舞ひ

逞しきその日暮しや根深汁

冬景色裏が表であるやうな

面壁の背中に雪の降る音か

来た道を思ひ出せずに帰り花

暗がりに大根洗ふ音がして

始まりか終はりか雪がはらはらと

云はれたるまゝに年貢を納めけり

總持寺の大根托鉢霙がち

賀状書き終れば沖の遥けさよ

狐火の一つ遅れて連なれる


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「眼差し」

雪婆まなざし遠く来りけり

うつろなる冬大空のまなざしよ

奥能登の沖の冥さや波の花

甘いもの買ひにと走るちゃんちゃんこ

クリスマスローズ秘したる眼差しの

時雨傘花と開きし城下町

托鉢の遠まなざしや山眠る

うぶすなの褥あかるき里神楽

不在なる眼差しにあり冬景色

葉牡丹や空に葬るまなざしの

白菜を切るやがさつな音立てゝ

水仙のまなざし少し俯きぬ

蓮枯れてものみな遠くなりにけり


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「骨」

萎えてなほ暗き骨あり干大根

なにはさておき手を翳しあふ火鉢かな

綿入やまだいとけなき頬っぺたの

故郷の夜の深さよ霜の声

たらちねの懐深き湯婆かな

なにもない実家の熱き干菜風呂

お使ひの褒美に今川焼もらふ

蒸饅頭湯気の向かうに母がゐて

狐火を見て来たといふ尻尾かな

腰巻の裏は緋なりき雪女郎

煮凝や夫婦暮らしも手馴れたる

花札の裏は真つ暗雪の夜の

人の来ぬ夜はつれなき屏風かな




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内 容 ニックネーム/日時
”The Dignity of Life” arises,
Itself reflects each other,
Here and now,
In front of Avalokiteshvara.

There, the place,
We prastlate,
"blood lineage" meets with
"The Lineage"

Such a Noble Place,
Here and Now is.

Namo Kanzeon Bodhisattva,
Mahasattva.


Recieving "The Breze from Vulcher Peak"
With my appreciation of Buddhadharma,
I respect such a noble family.
I reply through "Breaze of Simplicity"
Jigme Yonten
2016/12/14 10:21

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