再生への旅

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zoom RSS 神も仏もない世界・阪神大震災忌・再掲

<<   作成日時 : 2017/01/17 16:47   >>

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見えずとも仏へつづく雪の道 玉宗


阪神大震災は17日で発生から22年になる。

その後、大きな地震が日本国内はもとより、海外でも次から次へと起こり、東日本大震災へと続いている。私にとってその起点のようなものでもある阪神大震災から22年。私は何を学んだだろうか。何を忘れただろうか。何を捨てただろうか。何を得ただろうか。何も変わっていなようにも、なにもかも変わってしまったようにも見えないこともない。そんな眼差しだけが今、ここにある。

平成十九年には能登半島地震に被災し興禅寺は全壊した。その再建途上で、震災に遭った神戸を訪れ講演したことがある。被災後十年経っていた当時の神戸にはその傷跡が見事に復興されている様に、田舎者の私には見えたことである。ハード面での復興は目に見えて知ることが出来る。然し、被災者達の眼に見えない心の傷は、ものの再生とその歩みを共にするとは限らないことをその後の災害続きの世の中を見聞して痛感させられている。

能登半島地震の被災地に於いても目に見える復興は比較的速やかであったようだが、東日本大震災の瓦礫受け入れでギクシャクするなど、被災体験から何を学んで日常をすごしているのだろうかと首を傾げたくなる思いがないわけではない。人間は痛みや畏れや危うさを忘れてしまう動物でもある。もっと云えば、天地人の恩恵を忘れることもある。「恩知らずな動物」ということだ。

痛い目に遭って人はその本性を曝け出すことがあるものだが、のど元過ぎれば何とかということもあり、私などにはそのような人間らしさの方が余程「神も仏もない」あり様に見えて来る。人は誰もがいのちの危うさを口にし、そして現実をわがもの顔に改変する。これほど恩知らずな社会が嘗て日本にあっただろうか。当時も震災の惨状に対して「神もほとけもないのか」といった天地を呪詛する声があった。東日本大震災でもまた同様の思いをなさった方々が多くいることであろう。大なり小なり、人生には目を覆いたくなる事件事故、天災人災に遭遇することがある。身に覚えのない災難、果報、巡り合わせ、因果応報といった事象がある。それは本人にとって理解を越えた現実であることが多い。

私は能登半島地震に遭って、「神仏の存在」より「災害に遭うこと、それもまた縁である」と実感したものだった。被災以前から少しづつ思い知らされていた現実の真相。その総仕上げのような被災体験だった。私の思いを遥かに超えた「巡り合せの妙」といったことに強く思い知らされたものである。災害に遭うことも、遭わないことも、すべて「縁」であり、本来的に「選べないもの」である。選べないからこそ、それは人生の一大事なのであり、宝なのである。生きるとは畢竟、そのような様々な、善悪を越えて、縦横無尽な、永遠の様相を呈している「今、ここという縁を活かし、生きる」ことに他ならない。

「神も仏もないのか」そう言いたくなる人間の弱さを私は嗤うつもりなど更々ない。そうではあるが、被災したものにとって「神の存在」を疑う以上に「自己に都合のいい神の存在」をきれいさっぱり諦めた方が余程再生の力のなると思い知らされたものである。誰になんと言われようと、それは生きている人間の言い草に過ぎないと云われようと、生きている限りは再生し続けなければならない。人は何度となく痛い目に遭ってそのような現実、人生を逍遥として受け入れる絶望と知恵を学ぶのではなかろうか。

屍の上に立って生きる。それはいい。そうではあるが、誰が無念に死んでいった者達を再生させることができるだろうか。誰が死者の志を継いで生きているだろうか。私の無念、葬られた私の志。私は私を再生したかった。いのちの広大さ、深さ、豊かさを取り戻さなければならない。 


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「なり」

どどどどと能登の屋根雪しづるなり

繭玉を食べたがる子を叱るなり

寒鴉手持ち無沙汰に歩くなり

逃げたがる猿に曳かれて回すなり

かいつぶりあぶな絵を見に潜るなり

五郎助の見たこともなき遠声なり

初旅や雪も情けもなき国へ

鮟鱇の踏んづけられし貌かとも

寒牡丹妾のごとく囲はれて

初場所も負け越し煮込みうどんかな

能登の海冬の木立の間より

どんど焼果てたる黒き水溜り

雪掻いて無駄骨らしき疲れあり



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「走る風」

山河破れて霜の力やあさぼらけ

神戸かなしも風花已まぬルミナリエ

雪蒼く遊ぶ声する宵の口

冬眠の山の方より風吼えて

雪に夢みて洟垂れ小僧今もなほ

ねんねこや母とはちがふ姉の沖

鎌揚を啜るや湯気に眉濡らし

隙間風妻が夜逃げをしたかとも

托鉢の大枚浚ふ冬の風

砂の上を走る風あり葱伏せて

波の上を走る風あり冴え冴えと

雪の上を走る風あり莵罠

雪しまき目鼻分かたぬ輪島崎

佐義長の夕空煤けてゐたりけり

注連外ずし能登の荒海天を衝き







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「うつらうつら」
妻よ風邪の夫にもう少し優しくできないものか

早く寝よ風邪うつすなと妻喧しき

遠くにて妻の声する風邪心地

風邪の夜母のやうなる妻とゐて

枕辺に匂へる冬の林檎かな

笹子鳴く窓の明るさうつらうつら

ポケットに潜む飴玉冬鳥来

咳き込んで箍の外れてしまふかと

夢にまで出て来る能登の雪女

雑炊を平らげ眠るばかりなり






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