再生への旅

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zoom RSS わが用なし願望

<<   作成日時 : 2017/03/07 20:00   >>

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また一人雪割草に来てかがむ 玉宗

能登半島地震から10年。
この十年とは私のとって何だったのか。何かが変わったのか。何も変わらなかったのか。半端な仏弟子ながらも自省しない訳にもいかなかったのが実際のところ。半端ものは半端ものなりに自己確認しながら今に至っているのである。そのような月日の中で自己の存在意義、社会的に期待されている立ち位置といったものが見えてくるのであった。勿論、それに伴って知らされる自己の力量。慙愧と野望が綯交ぜになったようなどろどろした、清濁併せ持ったコアなるものを抱えて生きてきたようにも見える。

私が平成3年に興禅寺住職になった折、檀家数は42軒であった。その後能登半島意地震に遭うまでに6軒が県外へ移り離檀、または家系断絶。震災以後も少しづつ減り続け、現在市内にいる檀家は20軒、市外は11軒である。どちらにも一人暮らしの檀家が数軒ある。行政もいろいろと政策を講じてはいるのだろうが、輪島市に限っても少子高齢化、過疎化の現況に変化があるようにも見受けられない。

自分を見くびるのも、侮るのも、持ち上げるのも、見栄を張るのも共に嘘である。面倒くさいし、身も心も気軽に生きていたい。雲水であろうが、住職であろうが、本音はそんなところである。言うまでもなく私は仏弟子であり、一ケ寺の住職であり、当然のようにその社会的守備範囲、社会から期待されている領域、与えられている場というものがある。仏弟子の一大事とは今、ここに成仏すること以外にないものと肝に銘じつつ生きているつもりであるし、生きていきたい。諸行無常は万古不易の真理である。少子高齢化も過疎化も、檀家離れも、宗教離れも、離合集散は世の倣い。すべて時節因縁の然らしむるところである。私の力量は勿論、守備範囲も超えている。せいぜいが諸行無常に掉さして、流れに随って悠々とあるがままに生きていくしかないのではある。


そのような生き方の実物を以って社会を往還し、些かなりとも人様のお役に立てればと思ってはいるのである。まあ、現実は誰も私のところになど社会的問題の解決方法を尋ねに来もしないし、人生問題の苦悩の解決を計りにも来ない。藪医者ではあるが人殺しではないと自惚れてはいるのだが、羊頭狗肉ということもある。やはり大言壮語するものではない。

それにしてもわれながら如何ともし難いこの用なし願望ではある。無用の用、大いに結構。この先も、欲少なく足ることを知り、最後の一軒になるまで住職として寄り添い続けるということ以外に言うべきこともない。


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「とろとろ」

蕗味噌や夫婦茶碗も古りにけり

約束の菖蒲根分けて貰ひけり

どちらかといへば不器用春の霜

薺吹く風さへ先を行きたがり

龍天に母は子となる日なりけり

鷹鳩と化して大仏宝殿に

温みたる水の行方やとろとろと

ふるさとの空に老いたり畦青む

しゃぼん玉夢の弾けるやうにして

蟇穴を出でて冥途の香を放つ

星屑を花と鏤めいぬふぐり

塞ぎたる耳を濯ぐや春の風


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「さ中」

学び舎に残る寒さを集ひけり

見上げれば脈打つ山河卒業す

春の霜別れも近きふるさとの

名残り雪明日は出てゆくふるさとの

ぶらんこやともがらはみなちりぢりに

また一人雪割草に来てかがむ

出たがりの虫も驚くはたゝ神

蓬餅母の味して以来なる

春焚火さ中の雪となりにけり

月星に送り送られ朧なる

耳を疑ふ妻の寝言や冴返る

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