再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 今日の方便・住職の夢その後

<<   作成日時 : 2017/04/19 09:13   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像


墨染の袖の捌きも春の風  玉宗

總持寺通りを練り歩く「象さん」の寄付者を募るなどの花祭り企画を言い出してひと月。県外に住む数人の方から寄付を戴いている。故郷への思いが感じられて住職としては心強い限りである。しかし、購入する予算にはまだ三分の一にも至っていない。今年の花祭りには間に合わないかもしれないが、あきらめずに窓口を開けておきます。

花祭りの象さんがあればいいな、と言い出した私に対する夫人の反応は今ひとつ。檀家だけではなく、不特定多数の人様から寄進を願うことに臆面もない住職に少なからず辟易している様子。
寄進を強要するものではなく、本人の仏道における善行そのものであり、寄進される方も何の遠慮もいらないという私の方便は理解されがたいようではある。大体が、100人に寄進を申し込んでも共感してくださる方が一人でもいらっしゃればいいというのが私の立ち位置である。

見方を変えるならば、お寺に寄進したいという施主を一人でも探し出すのが住職の勤めでもなかろうかと思う訳である。尻の毛を毟るような悪辣業者の真似とは一線を画したい。まあ、あんまり大風呂敷を敷くつもりもないのだが、なんだか振り返るとこれまでいろいろ企画し、行持をやってきた私ではある。それは認めるに吝かではない。先日占い本を見ていたら、Ā型で蠍座は引っ込み思案ではあるが、本当は「目立ちがり屋」とあった。

ん〜、思い当たる節がないでもない。悩ましいところではある。性格の矯正が仏道の本筋ではないと口外しているのではあるが、大事なことはなにを考えているかではなく、何をしたかということが住職としての出来栄えや評価を左右するのではないのかな。結果を当てにしていないと言えば噓になるが、象さんがあってもなくても、どうなっても構わないといった開き直りがないこともない。実に夢は叶えるものではなく持つものであってこその夢ではないかな。

一人でも私の夢に賛同してくれればいいね、といった思いで今のところ待ち構えて過ごしてはいる次第。


画像


「手ぶら」

傷つくもしづかに笑ふ故山かな

雨が来る風のにほひや干若布

田をめぐる水音春も闌の

飲食のやゝ疎ましき蛙かな

死ぬときは手ぶら好かりし夕桜

初蕨金毘羅山の道のべの

舞ひ降りて来るしづけさ春愁ひ

身を捨つる谷の深さよ山桜

憎めないところがだうもチューリップ

眼失くして手の鳴る方へ行く胡蝶

孕み鹿彌勒下生の地なりけり

つばくろのかいがいしさや朝に夕に

能面の裏は真つ黒花篝

水芭蕉分水嶺に星を呼び




画像


「ふたり二十句」

二人ゐて花と寄り添ふ静けさよ

海原へ風ときらめく落花あり

天上の風にひたぶる紫木蓮

満天星の花に触れゆく小さき風

今生に二人の母や花大根

垣根なき光り眩しきチューリップ

撒き散らすやうに連翹花ざかり

やがて死ぬ二人菜の花見え隠れ

をだまきや襟の清しき人とゐて

リラの花北の都に恋をして

花かりん光り弾けるやうにして

影うすき二人の父や諸葛菜

一人静かにこの世に二人子を遺し

水仙のまなざし深き黄なりけり

今日といふ小さき旅路錨草

ふたりゐて一人の空や野に遊ぶ

雛罌粟に解ける風のありにけり

梨の花いのち短きあかるさの

胸に抱いて愈々うすき霞草

ひとりより二人淋しき夜や朧


画像


「夢の世二十句」

虚仮の世や春の夢より覚めてなほ

正夢の如くに残る蜷の道

海神へ吸ひ込まれゆく落花あり

青き踏む引き返せぬと思ひつゝ

我といふ絶滅危惧種亀鳴きぬ

花の畢りはいつもだれかの夢破れ

空爆の編隊なして鳥雲に

野遊びやもはや銃後の眼差しの

陽炎の向かうばたばた人斃れ

夢の世と思ふ菜の花明かりさへ

悪夢より覚めたる貌や蝦蟇穴を

悔しき世を一人草摘むことをして

戦前の始まつてゐる春の浜

今生は別れの世なり花の冷え

面影を燠とし春を惜しみけり

ぶらんこや人を恕すに手間取りて

生まれ変りて二人静と寄り添ひぬ

しゃぼん玉夢が弾けるやうにして

木蓮の空を儚む白さとも

愛憎は夢まぼろしの落椿







テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
今日の方便・住職の夢その後 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる