再生への旅

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zoom RSS わが俳句信条

<<   作成日時 : 2017/05/07 08:11   >>

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おほでまりご飯をこぼすやうに咲く 玉宗

先日、角川『俳句』の特集付録号に作品10句とわが俳句信条の短文を載せたが、信条がいささか意に満たなかったので添削し、補筆し、開削し、弁解してみた。まあ、俳句以前のことを言っているようにも見えなくはない。我ながら、へそ曲がりではあるが、満更嘘でもない。馬鹿正直がはた迷惑なこともあるだろうけどね。どちらにしても毒にも薬にもならない俳人もどきではある。( ´艸`)


あきらめない。
写生とは裸眼が試されている。真っ直ぐ見て、感じて、誤魔化さないこと。言葉も正確に寄り添い、感動を掬い上げることが理想ですな。

むさぼらない。
言い過ぎないということだが、謂わな過ぎても表現足りえないし、何事も過ぎたるは及ばざるがごとしで、余白余剰も適度がいいんだろうねえ。

いい気にならない。
句会や先生に取られたり褒められたり、賞を貰ったりすることと作品が自立しているかどうかは別もんではないのかな。作品は独り歩きするからこそ作品なのであって作者の人格とは別問題。

腐らない。
上述の如き理由で、貶されたからと言って畏まったり、ひがんだりする理由はどこにもない。失敗から学ぶことの方が余ほど多いことを肝に銘じるべきだろうね。

諂わない。
人に諂わないことは言うに及ばず、自分にも甘やかすような諂うこころは表現者としていかんだろうね。

善人ぶらない。
俳人とは暇人の最たる存在である。天下国家を論ずるなどもってのほかである。

悪人ぶらない。
上述の理由で、権力からよほど遠い存在であり、だれからも非難される筋合いはない。

恐れない。
感動するにも表現するにも中途半端でいいということは本来ありえない。

タブー視しない。
俳諧の誠、最短定型詩に対する腸、覚悟だけがためされていてほしいね。

無駄使いしない。
言葉もお金も、浪費すると碌なことはない。悪貨は良貨を駆逐し、悪言は詩語を駆逐するってか。

先生と呼ばない、呼ばせない。
俳句もまた品格であるという言は真実である。私の場合はこのようなスタンスの人格者でありたいというだけの事。

徒党を組まない。
悪党という言葉があるが善人もまた徒党を組む世の中。どちらも大衆ボケという落とし穴に迷い込む恐れがないだろうかと危惧がいつもある。俳句の本質に蓮衆は欠かせないだろうが、それは内なる理想の連衆、つまりもう一人の自己なる表現者を持ち合わせようとすることを否定するものではないよね。まあ、表現の力学の問題かな。俳句は文学でもあり、文芸でもあり、芸事、習い事でもあるという特殊性を否定はしないよ。

忘れられても一向にかまわない。
わたしの作品も、私自身も。今を限りとして存在し続けるという当たり前のことだけどね。

あるがままに、一人遊びに徹する。
俳句はひとりごとではないという指摘もあるだろうけど、ふたりごころと言ってしまうにはあまりにも目出度すぎることになりはしなにのかな。孤独な自分の楽屋裏をだれもがもっているだろう。私は自分の楽屋裏がこの上なく居心地がいいというだけのこと。とこどき、そんな楽屋裏の作品を覗きにくる人がいたりする。それだけで十分満足。私は俳句に多くを期待してはいない。人生がそうであるように、あるがままであること以外に存在することを知らない。


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「親子二十句」

遊ぶ子を見てゐてこころ足る日なり

田の隅にひと塊の余り苗

母と子が遊ぶ菜の花あかりして

なけなしの父が戻りて汗拭ふ

垂乳根のいよいよほそみ夏来たる

その中に遅れて逃げる小雀が

わがままな仔馬を可愛がることに

夕焼けに浚はれてゆく鴉の子

安居僧の一人が仔犬育てをり

猫の子の一目散やすぐ止まる

まだ人を恐れぬ鹿の子のまなこ

草笛や父と子いづれ会ひ別れ

若葉して父の座いよゝ仄暗き

代掻きて泥の眠りやけふもまた

セロリ食む子亀の好きな妻とゐて

競ふより目高の好きな子を産みぬ

父に似て馬鹿正直な素足なる

母子草父子草とぞ哀れなる

明日といふ空のあかるさ夏燕

風にきらめき田ごとに水浸く早苗かな



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「蛹」

梢吹く風のさざ波夏安居

蓮池に生飯撒く籠の初めかな

夏籠や蛹の眠りより覚めて

緑陰に仏の遊び音もなく

禁足の森に夏蝶迷ひ込み

水芭蕉荒神池に焔して

蟒草不動の滝に打たれをり

仏弟子の背丈それぞれ夏に入る

墨染の袖の捌きや夏めきぬ

牡丹の息吐くやうにひらき初め

海からの風を仏間に通しけり


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「白」

大山蓮華白きページの莟解く

凡そ天下に新しきものなし蠅生れ

白鷺の影はさすがに黒である

白牡丹光りに濡れてしとどなる

梔子の花汚れなき文の色

大手毬てのひらほどのあかるさの

償ひの色なる白き夏花かな

沢蟹が横切る後ろ向きながら

はまなすや海鳴り遠く聞くばかり

藤房の奥より蜂の唸り声

白藤に遅れ紫房となる

日が少し伸びたやうだね小判草

子鴨ゆく転がり落ちて躓いて








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