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zoom RSS 細見綾子俳句鑑賞

<<   作成日時 : 2017/06/27 05:17   >>

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またとなき日の来てゐたり瓜の花 玉宗



虹飛んで来たるかといふ合歓の
花  昭和四十三年作『技藝天』

合歓の花は薄暮前にひらき、小葉は夜間に閉じる。雄しべの花糸が淡紅色。それを虹と見立てただけではなく、「来たるかといふ」綾子独特の断定の仕方が魅力。風にやはらかく吹かれている花を見入り、一体となっている作者。小さな命ながらも共存している作者がいる。

枯れに向き重き辞書繰る言葉は花  昭和四十三年作『技藝天』

重き辞書とは「歳時記」だろうか。蕭条たる山河を前に詩語の宝庫である「歳時記」を繰ることの喜び。「枯れ」というリアルな世界にも怯まなず、柔軟な感性を惜しまなかった綾子。枯れという世界にもあかるさがあり、枯れという世界のむなしさ、あはれさにも花が咲く。

高麗の里枝垂桜が紅潮す      昭和四十四年作『技藝天』

先ず、句の調べ、姿がいい。そして「紅潮す」である。花の盛りを紅潮と捉えた感性。感動に即した正確な言葉の斡旋。一句に躍動感、新鮮味が生まれる。それがそのまま作者の個性、独自性である。綾子の俳句には自己の感性を信じることができなくて個性もないことを教えられる。

木蓮のため無傷なる空となる    昭和四十四年作『技藝天』

木蓮の花には無傷な空がなければならない。無傷な空となるために木蓮は咲かなければならない。なんと静謐な、祈りにも似た一句の世界であることか。俳句が文学であることを見事に証明している。無傷な感性を持ち得た稀有な俳句詩人細見綾子。






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「ぐちゃぐちゃ」

今日もまただれかの忌日雲の峰

寝くたれのまなこにあふれ七変化

鮮血の花迸る柘榴かな

どくだみに鉄の匂ひや雨もよひ

暮れ残る花のひかりの擬宝珠かな

凝りもせぬ男見送る白日傘

虎が雨別れのことば身に沁みて

素麺を水ぐちゃぐちゃにして冷ます

花南瓜蟻が溺れてゐたりけり

嘗て怖れし父の座にをり冷し酒




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「雨」

うれしくてならぬと雨後の夏燕

ときじくの雨に冷えある青田かな

紫陽花はまなこ曇らぬやうに咲き

ばたばたと螻蛄飛ぶ梅雨の晴間かな

たひらかに雨を受けとめ額の花

昼灯す片白草や雨もよひ

ときならぬ雨に祟られ枇杷落つる

雨ながらいよいよ光り金糸梅

釣鐘草雨の音にも足見えて

夏萩の風に零るゝ雨雫

雨降れば雨のあかるさ花かぼちゃ


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「いとけなき」

ひとつづつほたるぶくろのあかるさよ

青々と空豆眠る莢の中

杏子欲るまだいとけなき手のひらが

桜桃の種を残してどこへやら

枇杷もぐや枝引き寄せて背伸びして

吹き荒ぶ風のかたちに栗の花

薔薇咲いてあすは大人になる日かな

立葵亡き父母が来るころの

二番子や雨の上がりしうれしさの

笹百合やこれより役行者みち

草笛や親を失くした顔をして

舞ひ降りて来たるかといふ花さうぶ

暮れてゆく空より暗く蚊喰鳥

またとなき日の来てゐたり瓜の花

日照雨なる空のあかるさダリア咲く





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