再生への旅

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zoom RSS 寺院消滅!?

<<   作成日時 : 2017/08/16 04:21   >>

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いつもただ旅の途中や秋薊 玉宗


先日、NHKテレビで「お寺が消えてなくなる?」みたいな内容の番組が放映されていた。
インターネット上でも最近よく散見される。25年後には現在約17万か寺ある宗教法人のうち3分の1に当たる約六万か寺が消滅するというものらしい。曹洞宗に至っては42パーセントという高い数値が出ていた。「消滅寺院」というタイトルは如何に注目を浴びるのに不足ない物言いではある。後継者不足、人口減少、宗教意識や檀家制度の崩壊、「家」意識の希薄化等の要因が以前から社会現象として紛れなく続いている。檀家がなくなったり、後継者がいなくなったりということでお寺を兼務するという事態になって久しいものがあるだろう。近いところでは、輪島市でも後20年後には人口が半分になるという識者もいると聞く。このような事態になって問題意識を持ち始めた宗教界のようであるが、それは宗派という組織維持への危機感なのではあろう。今後、廃寺、統合、合併、再編成の動きが加速されていくだろう。

然し、世の中の有為転変、諸行無常は、仏教のいろはではあったのである。お寺と云う社会現象も又その例外ではない。少子高齢化、地域格差、一極集中の現実の中で、その日暮らしと大差のない苦楽の中で生きているお寺がある一方で、数の多さに胡坐をかいて甘い汁を吸い続けている大企業の如きお寺もあることであろう。それもこれも自業自得、自分に見合った殻を背負っているにすぎない。小さいお寺には小さいながらの苦楽もあり、大きなお寺には大きなお寺なりの苦楽もあろう。それは比べる必要もない、当たり前の自己ぎりの世界の話である。


「消滅寺院」云々で認識しなければないこととは何なのだろう。住職で喰えなくなったらどうするか、という問題なのだろうか。テレビで紹介されたアンケートではその宗派では年収、つまり一年間のお布施の総額が100万円から200万円以という寺院が少なくなかった。因みにわが興禅寺もその程度のお寺ではある。
 
興禅寺は実質20軒程度の少ない檀家ではあるが住職としてやれるだけのことはやろうとは思っている。万が一、檀家がいなくなってもお寺がある限り住職であるには変わりない。喰えなくなったらというが、お坊さんが喰えなくなるとはどういうことか。喰うものもお金もなくなったら托鉢をすればいいのである。下座行は出家者の基本であり、全てではないか。人様がうらやむような暮らしをしたくてお坊さんになった訳でもない。

寺族を路頭に迷わせるような無責任な仕儀にはしたくないが、消滅も再生も継続も発展も、因縁のしからしむるところ。消滅してなんら差し支えないものならば因縁がそのような代物にしてくれるだろう。再生も継続も発展も又然り。仏法僧の三宝護持に檀家、信徒は欠かせないものであることは百も承知ではあるが、夢々、数を貪るという愚かさをしでかしたくはないものだとは思っている。本末転倒を地で行くような仕儀になっては元も子もないというものだ。そのような気概を以って社会に処し、自己を確立していきたいものではある。






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「人」

抜きん出て風を窺ふえのこ草

葛の花隠すすべなき面影の

まなこ暮れて泪も鹹き蜻蛉かな

前線へ引き揚げてゆく秋の雲

貪りて逃げ遅れたる稲雀

露草や人なき家のあさぼらけ

爪の垢煎じてをれば螻蛄の鳴く

暮れてゆく人の声にも秋めいて

悔しさに引つこ抜いたる力草

人生に深入りしたる虫の声

蟷螂や生まれながらに泪涸れ

秋風や人を恕すに手間取りて

穴惑ひ轢かれのたうち丸くなる

またもとの二人つくづくつく法師





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