再生への旅

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zoom RSS 五合庵を訪ねて

<<   作成日時 : 2018/04/16 04:40   >>

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主なき春を朽ちゆく五合庵 玉宗


先日、念願であった越後の寺泊に足を運び、国上寺境内に遺されている「五合庵」を訪ねることができた。
国上寺は真言宗のお寺である。どの様な経緯があったのか知らないが、昔は今ほど宗派に拘ることもなったのだろう。それにしても、境内とは言いながら、如何にも、一隅に、ひっそりとしているのが半端ない。ある意味襟を正すに十分すぎるほどであった。そこには、忘れ去られていくであろうことを本望として生きた人間の「非在感」が漂っていた。


良寛さまは諸国修行ののち、1795年(寛政七年)、三十八歳で越後に帰られ。翌年から国上五合庵に棲み、寓すること十八年。更に乙子神社境内の草庵に約十年、最後は、三島郡島崎の木村元右衛門の庵に住んで七十四歳で息を引き取られた。


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庵から里までは結構な距離があるように見えた。食べるものがなくなる度に、里へ下りて托鉢をされたであろうことを思うと感慨深い思いが湧いて来たのだが、年齢的には、四十代から五十代の国上山中暮しである。それにしても、人里を離れ、世の喧騒を離れ、一人に徹していたのには違いない。
 
良寛様は所謂、禅宗の中の曹洞宗の系譜に属することになるのだが、果して良寛様ご自身に宗派意識・セクト根性があったかと云えば、私はないと思っている。あったのは、釈尊から道元禅師、そして良寛へと繋がる一筋の法脈。自己を照らし、今に輝く命の灯。それは宗派という結界を越えていたであろう。偏りのない自己の命に連なるひろやかにして孤独な道。

釈尊は「犀の角のように一人で歩め」と諭された。自己が自己の法を求める道。それは看板を掲げたり、旗を振って歩むような世界ではなく、世の一隅に、ひそやかに、あるがままに生きる道ではなかったか。随流去。流れに順って生きる。あるがままの縁を生きる。衆の中にあってもなくても、村人や子供と共にあっても、一人し生まれ、一人し生き、一人し死んでゆくという仏の道を向いて生きて行くことに変わりはない。


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大愚良寛。
宗派とか教条の中で生きてゆく「求心」さえ抜け落ちた解脱の生き様。思えば、命生きることに宗派も糸瓜もありはしない。良寛様はひとりの出家者としてその生涯を生き抜かれた。世に韜晦し、自己に韜晦し、他己に韜晦する。生に徹し、自己に徹し、他己に徹し、生を貪らず、自己を貪らず、他己を貪らず、名聞利養を遠ざけ、愚の如く、魯の如く、知足の法を見事に生き切られた。私にはそのことが限りなく尊く、輝いて見える。合掌。







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「頻りに」

行く春を頻りに妻が惜しむなり

雉鳴いて免れ難き朝始まる

ときじくの雨に沸き立つ菜花かな

囀りや鉛筆削りゐたるとき

寄する波引く波春の深みかも

火を熾す女美し康成忌

音もなき雨にふるふる桜蘂

埒もなき男立ち寄る根分かな

遠足を戻りし家の暗きこと

春愁や米の研ぎ汁流すとき

願つてもなき夜の雨降る挿木かな

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