円空様になれなかった私

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言魂の石や碑となる秋の風  玉宗


大乗寺の境内を散策したことのあるお方は気づかれたと思うが、お地蔵さんや観音様が沢山鎮座されている。板橋禅師が入山されるまであのようなことはなかった。好きなんですね、お地蔵様や観音様が。あれよあれよと増えていった感があった。
御誕生寺にも今や所狭しとお地蔵様が立ち並んでいる。それぞれに施主の希望されたお名前がつけられているようだ。例えば、「しあわせ地蔵」「ぼけ封じ地蔵」「仲良し地蔵」「平和地蔵」「にゃんこ地蔵」等々、、さすがに「あたる地蔵」はなかった。(又、蒸し返そうかな、、、)

そんな大乗寺時代に、ひと夏、島根の山中で石の地蔵様を掘っていたことがある。
日に日に増えてゆく石仏群に触発されたのか、ある日、次のようなことを堂頭老師に掛け合った。

「仏師についてお地蔵さまを掘りたいのですが、、、」

「ふ~ん またどうして?」

「いや~ 別にこれと云った理由はないのですが、、敢えて言えば、、、」

「敢えて言えば?」

「私の天職ではなかろうかと、、」

「天職はお坊さんじゃなかったの?だいたい石でも木でも仏像を彫ったことあるの?」

「いや、全くありません。ただ、なんとなく掘ってみたいんです。これって理由になりませんか?」

「ん~ ならんこともないが、、まあ、気の済むまでやってみたらいい。円空さんのようなお坊さんになるかもしれないしな。」

「ありがとうございます。んじゃ、行ってきます。」

ということで、馴染みの石材店の社長さんにその筋の仏師をリサーチしてもらった。石材と言ったら愛知の岡崎ということで、その辺からの関係筋を当たってもらい、島根県の方に石仏の仏師がいるということがわかった。早速、荷物を纏めて出発。われながら何を考えていたのやら、、、

そこは島根県の川本町という所だった。http://www.kawamoto-town.jp/html/MachinoData/Rekisi/Rekisi0001.htm


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で、話しはいきなり、大乗寺に戻ってくるところから再開する。どういう訳か、お世話になった仏師のお名前も顔も記憶にないのだ。確かに、住み込みで教えていただいたが、現場での手伝いや毎日の暮らしぶりなどの記憶が見事に吹っ飛んでいる。例によって忘れてしまいたい失敗をしでかしたのだろう。

ところがである。最近、板橋禅師様からお聞きしたところによると、そうでもなかったらしいのである。
ひと夏の経験を済ませて帰ってきた私であったっが、やはり自分は雲水して生きて行くしかないと思い定めていた。しかし、私が帰る以前に(つまり、まだ川本町でお地蔵さんを掘っていた頃)、師匠に当たるその仏師の方が大乗寺の板橋禅師を訪ねて来ていたというのである。

「でね、あんたを正式に弟子として譲ってほしいって言って来たんだよ。筋が良いとか言ってたよ。お土産に端渓の硯なんか戴いてね、それは今でも手元にあるけどね、、へへへ。」

「聞いてないし、、、」

「でね、私もどうしようか迷ってね。あなたも仏師になりたいなんて言ってたし、ん~ どうしたもんかと思案しているところへ、ひょいとあんたが帰って来ただろう。なにごともなかったように修行しているし、、、で、向うにあんたの様子を教えたら、まあ、諦めたけれどね。」

「えっ、そんなことがあったんですか、、お坊さんより仏師に向いていたということでしょうか?」

「ん~ まあ、どっちにしてもあんたはあんただよ。」

「って、その硯、私に譲ってくださいませんか?」

「・・・・・駄目!」


嗚呼、なんという天の采配!二物を与えた天を恨みたくなるというものだ。
私のような迷える子羊がこの世には結構いるのかもしれないなあ。





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この記事へのコメント

yoshiyoshi
2009年11月01日 05:59
私の本家は昔は分限者で竈の神棚に
円空仏がごろごろしてたいましたなぁ、
何体か貰っとけば良かったのに
猫に小判とはまさにこれがことなり、(笑)

柊の花至るなり粥二膳    よし
陽だまり
2009年11月01日 08:10
市堀玉宗さん おはようございます!

言魂の石や碑となる秋の風  玉宗さん

端渓の硯、貰えなく残念でしたね~。
私も親からは形あるものは何一つ
頂いていませんが・・・。
五体で充分かな・・。(笑い)
ルフレママ
2009年11月01日 15:00
昨日はありがとうございました。励みになります。
何という板橋禅師様でしょうね。言わなきゃ玉宗さん、迷いも出ないでしょうに・・・・今は石仏のほうは全然?ですか? 惜しいような、そうじゃないような、、、端渓の硯っていいものなんでしょうか?
私、わかりません。
「言魂の石や碑となる秋の風」石も形を代えて人の心を伝えながら残っていくのですね。
遊子
2009年11月01日 17:05
言魂の石や碑となる秋の風  玉宗

板橋禅師様,その時悩まれたでしょうね。
徒に、玉宗さんを惑わせてはいけない、自分の胸の奥にしばらくはしまっておこう、と思われたのでしょう。
それで良かったのでしょう。
市堀
2009年11月01日 22:19
みなさま、コメントありがとうございます。合掌

よしさま
円空仏がごろごろですか、、薪にして燃やしたのではないでしょうね?御生まれの地方は円空さんと縁のあるところなのでしょうか、、まあ、日本全国歩き回ったようですが。石佛はできませんが、私の俳句の色紙を全国津々浦々に、、、駄目ですよね。(笑)合掌

陽だまりさま
「端渓の硯」を禅師様から奪い返しても、私には宝の持ち腐れでしょうね。本物はやはり、持つべき人が持つものなのですね。合掌

ルフレママさま
禅師様も正直なお方です。そこが凄いです。石を単なる偶像とするか、碑とするか、向き合う者の姿勢に掛かっていると思います。合掌

遊子さま
仰る通りだと拝察しております。得度をした弟子を仏師に譲るかどうか一時なりとも迷わせた自分の不徳を大いに恥じたものでした。合掌
愚石
2009年11月02日 01:18
なるほどですねぇ。出来る人は何をやっても出来る!
それを絵に描いたような話でございましょう。
いや、それにしても欲しい、端渓の硯!
こちらがホンモノでなくてもあちらが本物なら、それは凡人が仏様を拝むのと同じじゃないですか。(笑)
手元に本物を!
禅師様に、コレちょうだい、って言えば、はいよって下さりそうな気がしてしまうんですが。(笑)
市堀
2009年11月02日 22:12
愚石さま
コメントありがとうございます。
もうかれこれ四半世紀以上も前のことですので、記憶も薄れています。端硯は今でも欲しいのですが、まあ、ここだけの話し、そのうち形見分けとして私の手元へ、、、こないでしょうね。(笑)合掌

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