行く人・来る人

画像

總持寺へ是より一里冬木立  玉宗



輪島市門前の總持寺祖院の由来については何度かこのブログでもご紹介してきた。
門前は神奈川県横浜市鶴見にある曹洞宗大本山総持寺が約百年前にあった地である。当初「別院」とされていたが、所謂「別院」とは趣を異にしているという宗門内の合意があり、その後「祖院」と改称された経緯があり現在に至っている。

祖院の住職は鶴見の禅師様である。監院とは云わば支店長であろうか。私は昭和六十二年頃から祖院に出入りしてるが、今日に至るまで祖院の監院は数度交替しておられる。この度就任された富山・大川寺住職・堀江雅光老師までに、平成以後に連ねた御名前を挙げてみよう。

鷲見透玄(愛知)・丹羽徹象(三重)・谷内口英俊(石川)・江川辰三「愛知)、そしてこの度退任なされた長谷川文丈(愛知)各御老師である。( )は自坊所在地。

それぞれの監院様には公私共々お世話になり、思い出深い方々ばかりである。
鷲見透玄老師はこのブログでも御紹介した特に恩義深きお方。http://72463743.at.webry.info/200907/article_2.html
丹羽徹象老師は鷲見老師と元で後堂職を永らく勤められたのちに後席を継がれた。
鷲見老師や我が本師・市堀孝之とは同年代、總持寺では同安居の仲でもあった。今頃、あちらで三人仲良く、祖院の復興を見守ってくださっていることであろう。


画像



歴代監院様、それぞれに持ち味があられたが、そういう意味では丹羽徹象老師などは実に魅力のあるお坊さんで人間味では群を抜いていた。未だに当時の雲水や町民の語り草になってこころ和ませ、幸せな気分にしてくれる逸話が多くあるのだ。
健啖家であり、そして般若湯も大好きであることを自他ともに認められていた。
夜参の折りなどは雲水らと共に、誰よりも楽しく、美味しい酔いっぷりであった。いつも一番最後まで席に残る律義さ。興に乗られると褌一丁で踊りだしたこともあるという。それでも朝のお勤めには欠かさず出て来られる。
その隔てのない人間への接し方が、雲水は勿論、多くの門前町民にも愛された。


名水百選・古和秀水http://kimassi.net/noto/niwasyuudo.html

画像




ところで、世相の有為転変を思えば 僧堂生活というものは基本的には十年一日、否、千年一日の暮しぶりである。
修行と言えば、血も涙もない厳しさ一点張りの世界、或いは、死ぬほど退屈な世界と思われるかもしれないが、実際はそうでもない。いろんな意味で人間くさい、ある意味で生々しい世界である。僭越ながら、それは「命の素」のところで生きようとしているからかもしれない。そしてそれでいいのだと私は思っている。仏道といって余所の世界がある訳でもなかろう。生の人間が仏の方を見て生きて行こうとしていることを忘れてはならない。そして、人間で在ることに甘えてもならない。

年季を積まれて来られたお坊さんとは、「とらわれのない世界」を身に着けて来られたということでもあろう。身と心に纏っているものは「無一物」という「素」なるものでなければならない。
仏道修行は性格を矯正するものではない。道徳の次元の話しではないと思う。有情無情、木や石や糸瓜や南瓜がなんともなく命するように、私が私の命を私し切ると云うことに尽きるのではないか。それが仏弟子の社会貢献というものだと私は本当にそう思っている。


あるがままであることの、、当たり前であることの、なんともないことの、厳しさ、難しさ、在り難さ、面白さというものがある。さて、この度就任された監院さまはどのような「素」の魅力をお持ちのお方なのか、拝見させて戴きたい。



よい記事と思われましたらポチっとお願いします。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ

この記事へのコメント

愛媛子
2009年11月21日 07:43
お早う御座います、
温暖と言われています愛媛も此処のところの寒さ
に震え上がっています。
能登も時雨模様が続き寒いことでしょうね。
昨日御坊のお優しいお顔に接するすることが出来まし
た。
有難う御座いました。
愛媛子
2009年11月21日 07:45
コメントが奇妙な入り方を致しました、
お許しくださいませ。
湘次
2009年11月21日 07:46
おはようございますおはようございます
「いろんな意味で人間くさい、ある意味で生々しい世界である。僭越ながら、それは「命の素」のところで生きようとしているからかもしれない」
・・・この言葉を聞いて安心しました。人間を知らなければ人間のこころを救えませんですよね。
獅子
2009年11月21日 08:29
私の菩提寺は九州の片田舎ですが、
曹洞宗永平寺が本山だと聴いています。
隣の小父(現在91歳)さんが寺総代で毎年永平寺にお参りに行き土産話をしてくれました。一家が神奈川に超してきてからは故父の供養を総持寺さんでお願いしました。
もう、古い話です。
yoshiyoshi
2009年11月21日 10:24
別条無い冬まだ生きている    よし

玉宗和尚のあまりに人間らしい ?
この説法が何よりも好きなんです、
悟ったような似非坊主、(ご容赦)を
余りにも見て来たものでどうにも
いつのまにかお寺さんを別世界の如く
思ってしまったのですね、人は冷たい飯を
食べても温かいウンコを簸る
同じ人間ですものね、人はブランド
ではありませんことを心して生きて
ゆきたいものでございます。



陽だまり
2009年11月21日 13:09
市堀玉宗さん こんにちは!

總持寺へ是より一里冬木立  玉宗さん

>丹羽徹象老師
その隔てのない人間への接し方が、
雲水は勿論、多くの門前町民にも愛された。

金儲けが巧い坊さんが多い中、
いまどき珍しいお坊さんですね。
こちらにはいないですよ。
町民にも愛されないと駄目でしょう。
お坊さんの世界も覗くと色々と
大変なようですね。

遊子
2009年11月21日 20:45
>夜参の折りなどは雲水らと共に、誰よりも楽しく、美味しい酔いっぷりであった。いつも一番最後まで席に残る律義さ。興に乗られると褌一丁で踊りだしたこともあるという。それでも朝のお勤めには欠かさず出て来られる。
<お坊さんといえども、というか、お坊さんだからこそ、生身の魅力が一番なのですね。

>このように見事に平らげるお方に尊敬の念さえ抱きます
<おかげさまで、細かい骨は全部食べられる丈夫な歯を持っています。
市堀
2009年11月21日 21:15
皆様、コメントありがとうございます。合掌

愛媛子さま
愛媛は四国でも寒い地域と聞いております。インフルエンザも流行し、気が滅入る冬の到来ですね。御自愛ください。合掌

湘次さま
考えてみれば、人は自分の事のように人間一般を観察しています。私もそうですが、面白いと言えば面白いことですし、理解し合うことは神技におもえてきます。合掌

獅子長平さま
そうですか、曹洞宗にご縁がおありでしたか。九州から神奈川へ、御苦労なさったのでしょうね。お大事に。合掌

よしさま
仏弟子であることに拘らず、人間であることに甘えず、当たり前に真っ直ぐ、と云うのが理想です。(笑)合掌

陽だまりさま
お坊さまにも色々、それこそ人間の数ほどあるということでしょうか。(笑)合掌

遊子さま
遊子さまのこころ根はどうも、やはり大和ですね。その魅力が御主人のこころをゲットしたのですね。まあ、おおきなお世話ですが。(笑)合掌

この記事へのトラックバック