一枚の写真・あれから三十年

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行き処なくこの世に出でし曼珠沙華 玉宗

昭和五十六年六月、福井県武生市・瑞洞院において私は当時総持寺祖院後堂でもあった板橋興宗老師に就いて得度を受けた。それまでの経緯はこのブログでも何度か紹介して来た通りである。<http://72463743.at.webry.info/200905/article_18.html > 
書類を整理していたら、偶々得度式の写真が出てきた。式には瑞洞院の檀家さんが十人ほど出席してくれた。突然身一つでやってきた縁もゆかりもない私の為に同席してくれたと思うと泣きたくなるほど嬉しかったのを覚えている。

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向かって左に、式師である板橋禅師。膝まづいて合掌し、頭上にお袈裟を戴いているのが不肖の弟子となる私である。当時二十五才。臨済宗に在籍していた折にも得度を受けているので、生涯二度目の具足戒を体験している。因みに臨済で戴いた安名は「勇玄」であった。旧制・山中勇から勇の一字を法名に付けて戴いた。板橋禅師には「玉宗」を戴いた。

曹洞宗と臨済宗の得度式は基本的には同じである。只、臨済宗は得度式では「道号」は授けない。「道号」は嗣法の際に改めて戴くのではないだろうか。曹洞宗の場合は得度式に合わせて「道号」も授けることが多い。因みに私は「雲門」であり、「雲門玉宗」が仏弟師としてのフルネームということになる。「市堀玉宗」は世間用とお寺用を併せているようなものだろう。

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さて、写真にはもう一人お坊さんが映っている。私の右横に立って白っぽいお袈裟を掛けているお方。この方は同じく板橋禅師に得度を受けて嗣法もされておられた兄弟子・今村源宗現総持寺祖院監院老師である。当時は同じ武生市内にある楞厳寺というお寺の住職であった。得度式までのひと月ほど、楞厳寺に寝起きさせて貰っていた。得度式後、楞厳寺から初めての僧堂安居へ向かったことは以前記事にした通り。<http://72463743.at.webry.info/201004/article_1.html

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往時茫々。授業師である板橋興宗瑞洞院住職は宗門の最高位である貫首禅師となり、兄弟子は次代の宗門を担う僧堂師家の道を着実に歩んでいらっしゃる。弟子にもピンからキリまであり、私は未だにご覧のような有様で、兄弟弟子であることを掛け値なしで憚りたくなる。と言いながら、ブログでこんな写真を載せてプライバシーも憚りもあったもんじゃない。なにやってんだか。(見つかったら叱られるだろうなあ・・)

然し、そんな卑屈に生きてゆくのもつまらない。私は私の実物、身の丈で生きてゆくしかないと開き直っている始末である。お螻蛄にはお螻蛄の世界があろうというものだ。



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この記事へのコメント

yoshiyoshi
2010年09月24日 07:24
無い袖をなお振り回す螻蛄かな     よし
湘次
2010年09月24日 08:53
一枚の写真に見入る秋思かな 湘次

昔の写真はなつかしいですね。
花てぼ
2010年09月24日 16:32
仏道は実物で生きる。世間の約束事、作りごとで生きることではない。>
昨日習ったばかり。
ルフレママ
2010年09月24日 23:40
こんばんは。
身の丈で生きる。主人が息子達に言う言葉です。
身の丈以上の事をすると 無理が来る。色々なそういう方を見ていますから・・・
市堀
2010年09月25日 08:50
 よしさま。
一句ありがとうございます。
「お螻蛄泣くあたりを人として悩む 玉宗」

 湘次さま。
この写真は禅師様の奥さまが撮ってくださったものです。
どこをどうして今の私になってしまったのか、、、(笑)

 花てぼさま。
ご覧のような有様です。
人生色々、お坊さんも色々です。

 ルフレママさま。
身の丈で、とは言いながら、男は少し背伸びもしたい動物でして、面倒なもんです。ハイ。(笑)

合掌

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