秋意・旅人の唄

画像


還らざる月日の中を紅葉狩 玉宗


<旅人の唄>


一人で漕ぎ出さなければならなかった

だれにも分かち合えない

心の痛みなどを持ち合わせ

沖へ向かわなければ

呑み込まれてしまいそうな昏い雲がかかっていた

孤児のように

故郷を離れ故郷を恋した

瘡蓋のような命の切なさ

世界と一つであった筈なのに

何かを捨てろと神様が云った

いつも

引き返すことが出来ない

奈落のような空の深さがあった

帰りたかった

何度も

私は私の孤独が恨めしい

だから時々

嘘を吐くことを覚えた

正直であることに少し疲れ

月の港に

錨を下ろすのもいい

人生は

余りにも遠い謎に満ちた港のようだから

故郷はいつも

魂の雫のように私を照らした


真実の生き方があると思う

でも、そうじゃない

生きることが真実だった

夜が明けて

あたりまえのように朝がやってくる

遠くから


今日も

生きていこうと思う

永遠の旅人のように






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この記事へのコメント

yoshiyoshi
2010年10月02日 05:29
寄る辺無き旅の衣に秋の雨   よし
志村建世
2010年10月02日 06:52
いい詩ですね。最後の2連で、今の玉宗さんが少しわかるような気がしました。また会いに行きたくなりました。
湘次
2010年10月02日 21:53
こんばんは
 人生は旅ですね。
 過去は明日への糧として今と将来に向かっていきたいですね。
花てぼ
2010年10月02日 22:58
申し訳ないことをしていると思いますが、こちらの玉宗様の詩を、私の方へ転載し小細工をいたしました。
お気を悪くなさいましたら削除しますのでお知らせください。
いらくさ
2010年10月03日 07:52
おはようございます。
詩を書かれたのですね。

白い花は韮の花です。

昨日はコスモスを
沢山撮りました
今朝は有明月が撮れました。

ほんとはもっと山奥で
珍しい花の写真が撮りたい
のですけれども・・・・・

安達が原の鬼婆の
伝説で知られる鬼塚が
隣の市にありますが
実はまだ行ったことがありません。
まのじ
2010年10月03日 16:28
いつも、すばらしいお写真が楽しみですが、とりわけ
雲、空に胸躍るようです。こんな雲を見せていただけるとは、玉宗さま、天に愛されてますね!
このたびの詩は、そのアンサーソングのようでありました。
市堀
2010年10月04日 07:02
みなさま、コメントありがとうございます。

 よしさま。
「誰待つとなけれど秋の時雨かな 玉宗」

 志村建世さま。
志村さんから戴いた御自身の若き頃の詩集もすてきでしたよ。人間、一度は詩人になるのでしょうか?

 湘次さま。
何かに押し出されるように、前向きに生きざるを得ない人間の命、宿命なのですね。

 花てぼさま。
お取り上げ戴きありがとうございます。長崎弁って、いいですね。訛りって不思議です。確かに文化です。

 いらくささま。
安達が原の鬼婆伝説というのがあるのですね。
あまり山奥に入り込んで鬼婆に浚われないようにしてください。

 まのじさま。
夫人にも空の写真が多いと指摘されました。
仰ぐ対象がなければやっていけません。(笑)

合掌

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