「龍騰萬里雲」 龍のように生きる
数え日も片手に余る日数かな 玉宗
僧堂の中食も済んだ頃を見計らって、歳暮の挨拶をと祖院監院寮にお邪魔した。本年の興禅寺と永福寺の行持に対するご法助へのお礼を述べさせて戴いた。忝くも不腆として戴いたのが↑の老師揮毫の色紙。本来は年賀拝登の諸氏に分け与えられるものであるが、一足お先に頂戴という儀になった次第。明年の干支に因んだ流麗な五文字である。
龍騰萬里雲 祖廟監院 源宗書
当然のように今年一年の事に話が及ぶのだが、年七回の恒例行持と三十三年ぶりの御開帳法要を滞りなく修行出来た事と共に、何と言っても東日本大地震を忘れる訳にはいかないし、生涯忘れる事もないであろう。
そんな中で来日したブータン国王が、被災地の子供たちに「龍を見たことがありますか?私は龍を見たことがあります」と話を切り出したのは印象的であった。
「龍は私たちみんなの心の中に居て、経験を食べて成長します。だから、私たちは日増しに強くなるのです。 龍は一人ひとりの心のなかにいます。一人ひとりの龍を大切に育ててください」
子供たちはどのように受け取っただろうか。そしてそれ以上に大人たちはどうだろうかと気になったことである。お伽噺として顧みない人も多かったのではなかろうか。
能登半島地震以後、毎年のように大震災が繰り返されてきた。人生は想定外のことばかりといった観がある。白雲去来する人生という山河。山あり谷あり。あきらめないで人としての真を尽くして歩き続ける事の意義が必ずあるものと信じたい。生きるとは自己再生の繰り返しなのかもしれないではないか。龍は命の可能性、再生力の象徴である。それは人生の山河があってはじめて発揮し得る不思議な力と言ってよかろう。
地球という水の星。水は龍の棲家であり、雲は龍の再生のオーラである。お伽噺にも徒や疎かならない人生の真実が秘められている。
被災者にとって震災体験が、天地を自在に翔ける龍のごとき生きる力を育てることを願ってやまない。
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この記事へのコメント
もうすぐ兎から辰にバトンタッチですね。
ブータン国王がお話されたという龍の御伽ばなしは初めて知りました。小さいころ、聞いていたのかもしれませんが。。。
来年こそは、いろいろな経験を糧におおきく成長できる一年にしたいと思いました。
人はお誕生日が来るまで、一年楽しいことばかりはないもので、大変なことや辛いこともあってやっと次のお誕生日を迎えます。そう思うと、お年寄りはそれだけで偉いなぁと思います。体はだんだん小さくなっていっても自分の中の龍を大きく育てて、心ふくよかなお年寄りになりたいと思って拝見しました。
ありがとうございました
ちょっとご無沙汰しました。
冬至かぼちゃもお赤飯も苺も出てきて
このぶんだとお正月のお餅も?
病院でいただくのでしょうね私は(笑)
ソファーもベットも自宅よりも快適です。
看護婦さんも優しいです。
早寝もなかなかいいもんですね・・・・・
とか、やせ我慢。
励ましのコメントをいただきまして
ありがとうございます。
またお伺いいたします。
私は、高齢者関係の仕事をしています。身の回りのことが何かしらできなくなっていくから、お手伝いさせてもらっているのですが、みなさん、『経験を食べた龍』なんですよね、確かに!!
戦争の話をイキイキ語られる方や、毎回泣きながら語られる方、女手ひとつで7人・8人と子育てされてきた方など、人生は様々ですが、経験談にかなうものはありませんよね。一人一人、たくましい龍です。
私ももちろん、年々年を重ねていってます。年相応の自分でいたいなと思いつつも、まだまだ足りないとこだらけです。ステキな龍になれるよう、逃げずに色んな経験を積んでいきたいなと思いました。
踏まれて伸びる麦でしたね。植物って凄い!
kingyo様。
歳を重ねることは老いていく事ですが、熟成していくことでもありましょう。
豊饒な人生の恵みがあってしかるべきですね。
歳月という縁の力を借りて豊かな年輪を重ねたいものです。
いらくさ様。
お元気そうな病人でなによりです。(笑)
無理をしないで御養生してください。
ブログ再開したようですね。
ベットの上でのゆく年くる年。
めったに体験できませんよ。
お大事に。
しぃ様。
「経験を食べた龍」
現実は選べるようで選べない、混沌としていることが多いですね。清濁併せのむ力量が豊かな年輪を刻むのでしょうか。
全てを受け入れる神業のような人間業です。
あきらめないで歩き続けましょう。
合掌
いらくさ