栴檀は双葉より芳し、かったのに・・・
抜きん出てしまひ竹の子術もなし 玉宗
倅が小学生の頃のことだから、かれこれ15年ほども前になるだろうか。
小学校の俳句大会で何度か入選していたので、試しに読売系の全国俳句大会に応募してみたら、故・三橋敏雄先生の特選になったことがある。
「夏の夜で一句、作ってごらん」とアドバイスしたら、出来たのがこの句である。
「夏の夜口笛吹いて蛇が来た 宗」
夜に口笛を吹くと蛇がくるぞ、とは親の口癖であったのを覚えていたものか、それをそのままくっつけたのだろう。一読、その不作為さに呆れかえったのだが、「まあ、いいか。」ということで投函したのである。忘れた頃に電話があった。応対されたのは現役俳人の榎本好宏氏であった。
「この断定がいいのでしょうね。三橋先生も大層褒めていらっしゃいましたよ」
「ああ、そうですか。それは、それは。先生に宜しくお伝えください。」
恐縮しながら、大会での授賞式に本人の出席の都合などを承っていたのを覚えている。結局、東京での俳句大会には母親と二人で出席させた。ついでにデズニーランドまで足を伸ばしたらしい。記念写真を見ると、大会選者の三橋氏、桂信子氏、藤田湘子氏の顔が映っている。三氏とも今は故人となられたが、その後、三橋氏とは中新田俳句大賞の授賞式で金子先生共々、その拝顔にまみえることができた。
言われてみれば三橋先生好みの俳句ではあろうか。倅は「口笛を吹いたら蛇が来た」と解したのだろうが、三橋氏は「蛇が口笛を吹いてやってきた」と解した可能性があると私は今でも思っている。少なくとも、そのような解釈も残されているだろう。その曖昧さがいいのだ。ポエジーって言うんですか。私はそう受け取っている。
ところで、その後の倅と俳句との関わりであるが、親のアドバイスで簡単に賞などを貰って侮ったのか、急速に興味が薄れていったらしい。
「あの句は僕の句じゃないし・・」今でも、そんなことを口にする。その口調は恨む風でもなく、淡々としたもので、
要するに「俳句って何が面白いのかよくわからん」ということらしい。思えば、子供の俳句観としては極めて健全なものではなかろうか。世に子供俳句というものがあるが、はっきり言って私は関わりたくない。
それでも、件の倅も大学に通い出した頃から、私との会話で俳句を話題にするような事もあり、興味がないことはない様子。父親が俳句にうつつを抜かしているのは知っているし、それを恥ずかしいことだとも受け止めていないらしい。
今は修行中の身で、文芸など御法度であるが、三つ子の魂、いずれは俳諧に身を窶す日が来るかもしれない。それもなんだか親としてはこそばゆく、申し訳ない思いがない訳ではない。仏弟子として、余所見をせずに大成してほしいと願う一方で、俳諧を解するお坊さんであってほしいとも思っている。
まあ、欲張っても如何ともし難い。蛙の子は蛙。栴檀は双葉より栴檀である。
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この記事へのコメント
素直な飾りっけのない子供の目、そのままですね。
私のように濁った目では出来ません。
おたまじゃくしは 蛙の子、そのまま蛙になるんでしょうね。
楽しみでしょう♪
脱皮したんですな、内の倅も。
ルフレママ様。
楽しみ半分、恐ろしさ半分でしょうか。(笑)