句集を持って街へ出よう?!高山れおな句集『俳諧曽我』管見

画像


仏飯は湯気立て山は眠りをる 玉宗


現代俳句の旗手の一人である高山れおな氏(1968年生れ)より第三句集『俳諧曽我』<書肆絵と本発行・限定四百部>を御寄贈戴いた。
ツイッターでその装丁の規格外の発想が評判になっていたのは知っていたが、実際に落手して、思わずお買い得感に浸ったことは事実である。頒価三千円は決して高くはない。箱入り句集は世に余るほどあるが、未だ嘗てこのような句集は見たことも聞いたこともない。

一般的には句集の中で編年体で項目を分けて一冊にするところだが、『俳諧曽我』は以下の如く、七章と目録・開題のそれぞれが一冊になって、八冊が箱に納められているといった具合である。句集と云えば一度目を通してお蔵入りが趨勢であるが、。『俳諧曽我』は一冊づつはコンパクトであり、句数も暇に任せて読むに耐える数である。そして、お洒落である。如何にも今風俳諧を地で行っている。「句集をもって街へ出よう!」と云いたくなる。

このような装丁にするには作者にもそれなりの拘りがあることは予想できるのだが、私のような能登の田舎の一俳諧師もどきには如何にも文学臭のある、教養豊かな、遊び心に富んだ、現代版雅の世界である。これは決して高山氏の俳諧を否定するものではない。見た目にも内容的にも、正統派前衛と言っては見当違いだろうか。
いずれにしても、私などのような旧態依然の俳句に慰撫して已まない者には、己に業を煮やす。ここには明らかに、私の詩世界を越えた異次元の様相を呈している。憎らしいが、それが面白い。現代俳諧師の面目躍如といった観がある。

各章から私の詩の領域に交差した句を挙げ上梓への祝意としたい。

画像
  

俳諧曽我 八十二句 

「曽我物語」を題材にした本歌取りの連作である。古代中世にさかのぼる数少ない東国地生えの文学作品である曽我物語を、自分なりの表現で変奏すること。要は著者の関東御当地愛の発露だという。


復讐もしたさ、薄荷の煙草吸ひながら

冥き王ゐて てのひらに吹く 万里の雲

行く秋や。末は敵なる 影法師

荒星や。まつさかさまに 父乞虫(ちちこふむし)

蝶の羽 千切つてみれば 壮夫(をとこ)かな

胆大のキツネが着せる 闇の 烏帽子だ

恋より儚く(くらく) 草の武蔵や、胸分に

鳥ぢやない 幸福(しあはせ)を追ふ 狩だ。真実(ほんと)は

誰が胸の 裂けてか、入日 朱を注ぐ

火の玉の 顔寄せ合へば 明るさよ

湯のやうに 現は揺れて 兄が首級(くび)

なほ杳し。念仏果てなき 女ごゑ



画像


侯爵領 十八句

シャルル・ペローの童話「長靴をはいた猫」に基づく連作である。


粉屋に三馬鹿。あますなく地は 陽炎ひて

涙ぬぐへば 虹色映ゆる 肌かな

股ぐらの星雲 燃えあがりては消ゆるかな

どろどろ打ちの 侯爵領を 急ぐかな



画像


フィレンツェにて 二十八句

イタリア・フィレンツェに滞在した折の印象記。各句には長い前書きがついているが省略した。


びしよびしよの神様ですか稲びかり

使徒の眼を坑(あな)とも思ふ秋の雨

神の眼を覆ひて秋を惜しむなり

釣瓶落しの広場忿怒の巨人たち

「はや舟に乗れ」こがらしのひんがしへ




画像


三百句拾遺 百三十五句

東アジア最古の詩集「詩経」三百五篇の丸ごと俳句化を目論んでのことだったとは作者の弁。本来、この章のみで一冊の句集とする予定を縮小して収めたという。各句には項目の前書きが付いている。


水あれば水かゞやいて神の旅

覚えなき鵲の巣が泣き濡れて

春服のみどりが愛し裏は黄に

葛の葉や落書きもなくひるがへる

北門を出づや星落つ前うしろ

豊年や雲の如くにおお嫁入

秋雲に乗つて誹りに行くところ

華燭その夜の鯖雲寄せやまず

眼の中にどんど火狂ひ不言(ものいはず)

花冷の軍鼓か虎嘯か我が身より



画像


鶏肋集Ⅰ 三十句

有季定型になる一行棒書きの作品である。


噛み癖の赤鉛筆も夏木かな

消えるまで天の河原の女の子

月光の古池なのか爪なのか

相婿の枕守る夜ぞ虫しぐれ

春風にゆれて音無き照り葉かな

はくれんやめらめら燃ゆる日の移り

たけのこや昼の月から風邪が吹く



画像


鶏肋集Ⅱ 二十六句


多行形式の俳句作品。


天の河
右や
左の
お星さま


今は昔
とかく
廃墟に
エロ本あり


ガールズトークに
俳諧はなく
罪もなし


こほる
部屋に
高山の
お前は
猿ぼゝ



画像


パイク・レッスン 五十句

横組・現代仮名遣ひの作品群である。


東京や空気濃い日も薄い日も

価値無くて覚えやすきは罪ならずや

踊る嫁が君よ、私が私で、明るすぎる


画像


目録・開題     

付録として「原発前衛歌」という総ひらがな書きの二十句が載っている。


げんぱつ は おとな の あそび ぜんゑい も

きれ より も ぎやくぎれ だいじ ぜんゑい は

でんとう の かさ の とりかへ むれう で します

きのふ くひ けふ くふ さんま ひる の つき

いろ も なき げげげ の かぜ に ざ して し を かく

ざ の ざこ の ぶんがく なのだ それ でいい のだ

 

残部寡少とのこと。購入御希望の方は御本人か、市堀(メール)まで御連絡ください。




ランキング応援クリック
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ


この記事へのコメント

ふたば
2012年12月27日 09:34
『俳諧曽我』素敵ですね。欲しいのですが、どのようにしたらよいですか? 本のお値段も教えていただけるとうれしいです。よろしくおねがいします。
市堀
2012年12月27日 12:46
ふたば様。
限定400部だそうで、在庫が少しあるそうですが、直接作者の方へお問い合わせください。
個人情報ということで、ブログのメッセージを使ってもう一度ログインしてください。住所をお教えいたします。定価3000円です。市堀
すずき
2013年01月26日 11:04
市堀様
高山れおなさんの連絡先を見つけられず、『俳諧曽我』を購入する手だてをご教示いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
市堀
2013年01月28日 08:24
ふたば樣。すずき樣。
返信遅くなり申し訳ありません。
個人情報と云う事で、ブログのアップを控えていたのですが、私の責任で以下に住所をお知らせしますので、直接お申込み下さい。

〒 134-0081
東京都江戸川区北葛飾4-14-13-603号

高山れおな 樣

価格3000円
すずき
2013年01月29日 11:34
市堀様
ご返信いただきありがとうございます。在庫があるかちょっと心配ですが連絡をとってみたいと思います。

この記事へのトラックバック