萌え出づる大志

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沖開け山に菫の咲く故郷 玉宗


涅槃団子作りも終って、24日の法要を待つばかりとなった。
今年は弟子も手伝ってくれたおかげで、体力的にも余裕ができた。まだまだ寒気のぶり返しがあるのだろうが、二月の寒さも峠を越えたかな。

さて、、俳句界の高齢化が言われて久しいが、それはなにも俳句の現場だけの現象とも思えないし、相対的に高齢者が多い故に注目さているだけのことなのかもしれない。いつの時代でも若い世代が新風を吹き込んできただろうと思う。先達たちが危惧するまでもなく、現代でも若い俳句作家たちが俳句の可能性に青春を賭けている。少ないということだけで、それが見えないか、見ようとしないか。

私が気になるのはそのような現象ではなく、もっと俳句文芸の本質との関わり方の方である。俳諧という最短定型詩という型、典型、約束事という不自由な世界で、若者はどのようにその精神的自在さを獲得しているのだろうか。自由と自在は似て非なるものではあるが、俳句を選ぶも選ばないも、文語口語、現代仮名を使うも使わないも、どの協会に属するも属さないも、心細いほどに選択の余地がある。それが作家の詩精神を高める自在さとなっているかどうか、そして俳諧という自在で、孤高な生き方をしているかどうかは別問題である。

俳諧の醍醐味、面目とは何だろうか?
和歌的世界から構造的に変質したということは一つの生きた社会思想であったに違いない。生き方としての俳諧。権威を離れ、伝統を離れ、自己を離れ、生死を離れる俳諧魂。現代の若い俳句作家たちにとって、俳句とはどのような代物なのだろうかと思うことがある。伝統俳句にしろ、現代俳句にしろ、俳句の潔さ、沈黙に堪え得るだけの良心があるのかと、私のような偏屈者は勘繰ったりする。彼らの俳句以前の絶望を問うてみたい。文芸を志すとはどのような世渡りなのか。依るべき権威を換えただけではないのか。

芭蕉も、一茶も、子規も虚子も、山頭火も、凡そ時代を切り開いた俳人は匕首のように俳諧を懐に潜ませて人生を渡っていたとのではと思うことがある。彼らの俳諧人生とはそれぞれの不自由な人生の中で匕首を自在に使いこなす歩みでもあっただろうか。現代の若い作家の中にもそのような気概を持った人物が、私が知らないだけで、必ずいるに違いない。若い作家が少ないと必要以上に深刻になることはない。引き継ぐべきは、どこかの王朝貴族のような一結社の存続ではなく、俳諧の大道という本流をこそ絶やしてはならないのではないのかな。

若さが常に正しいとは限らないが、いずれにしても勢いがあるし、細く、湧き出でたばかりの、初で、清新な水の流れも大海へ向かっているには変わりない。その感性は今は大人と呼ばれるものにとって嘗て歩んだ轍の如きものかもしれないが、それを以ってして今現在輝いている感性の煌めきを否定してよい理由にはならない。

わが俳句初心の先生でもあった故・沢木欣一氏は生涯文学青年みたいなこころをお持ちであった方であるが、氏は主宰誌である「風」誌上に於いて「志を大きく持って俳句を作りなさい」ということを述べておられた。若い作者を発掘する楽しみ、喜びを持っておられもした。不肖、私などもそんな沢木先生に初心の俳句を贔屓して戴いて今があるようなものである。先生は俳句の将来に悲観的ではあったが、それでも若い作家の可能性に賭けてみたい思いがあったのだろう。

「志大きな俳句」とは如何なるものか。その後、特に拘ることもなく、ずるずると俳句の世界の末席に連なってきてはいるのだが、さて、私に「俳句の志。志大きい俳句」なるものがあるのかないのか。持っているのかいないのか。志に生きているのか、いないのか。正直なところ判然とせぬままにこうして日々を過ごしてはいるのである。

いずれにしても、萌え出づる大志を抱くのは、今も昔も若者の特権であろう。痛々しくも羨ましい限りではある。



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「罰」

亀鳴くと言ひしばかりに侮られ

熊穴を出でて北方領土霞む

春の鹿教祖を孕みゐたりけり

暁の向かうへ種を付けにゆく

種牛の誉れも高きふぐりかな

種馬の鼻息荒く駆け寄れり

鳥の巣や手のひらほどの大きさの

かぎろへる沖よりごめの渡り来し

馬の子の一目散やすぐ止まる

鳥獣罰の如くに交るなり

恩愛の借りを返しに鶴の引く

臨月の乳房疼くと鳥雲に

雁風呂や島に一つの捨て番屋

仄かにも夢の続きや鳥帰る


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