再生への旅

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zoom RSS 越前御誕生寺開山忌に随喜

<<   作成日時 : 2018/10/04 05:18   >>

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万葉の山里にして秋しぐれ 玉宗

越前武生の御誕生寺開山忌に随喜させていただいた。
御年九十二歳になられる禅師様が今の地に開創されて十年以上が経つ。草創期のことを思えば隔世の感が禁じ得ない。立派な後継者も据えることができてご満足のことであろう。今では「猫寺」として全国に名を知られるが、言うまでもなく御誕生寺は宗門の「専門僧堂」である。人天の導師たる仏弟子を世に打出することを期待されている機関である。自己の心地開明を第一義とする者たちの「場」である。そのような「場」に聊かなりともご縁を戴くことができている。有難いことである。

今回は板橋禅師に得度を受けたり、嗣法をした法類、そして御誕生寺僧堂の安居者に呼び掛けての法要となった。
昭和五十六年に得度を受けた私であるが、いつの間にか最古参とは言わないまでも、古株とはなっていた。柄でもない席に立たされたり、坐らせられたりして忸怩たる思いの中での法要、そしてこの度初めての懇親会ではあった。

禅師様との縁を思えば、過ぎ去りし日々の陰影に感慨深いものが自ずから湧いてくるのである。今の私を語るのに禅師様の存在を抜きにしてはありえない。仏法に於ける師匠であり、そしてまた再生の人生を支え後押しいてくれた親でもある。不肖の弟子ながら、師匠であり親を思い慕う気持ちは人後に落ちないつもりではあるが、さて、どこまで親孝行、師匠孝行ができているものやら。相も変わらず手前勝手な、わがままな弟子であるというのが真相ではなかろうかと、恥ずかしく、子弟であると公言するのが実際のところ憚れるのが正直なところ。

懇親会の最後の御挨拶で、来年も又このようにして再会できればいいね、というご希望を述べられた禅師様。いつまでもとは言わない。これまでのように、いつも、かろやかに、飄々と、今を限りといのち輝く解脱の人であってほしいと願うばかりだ。子は親の背中を見てそだつものだ。仏弟子の子弟関係もまた同様ではなかろうかと思う次第。合掌。


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「手品師」

露けさや生まれて以来この方の

面影を追ひつ追はれつ秋しぐれ

烏瓜色鮮やかに落ちぶれて

蔦紅葉血脈辿り難くして

木漏れ日に影し且つ散る紅葉かな

たひらげてなにやらむなしとろろ汁

謎解けぬままに老いたり秋の暮

手品師の如くに母が柿を剥く

蟷螂の都落ちせし歩みなる

混沌の今し裂け初め椿の実

夢に見る母若かりし野菊かな

人の世に深入りしてはつづれさせ

生きながらいのち暮れゆく芒かな



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「師」

寺多き越の国なる稲穂かな

總持寺の風八方に蕎麦の花

良寛を慕うて遠き雁の声

爽やかに卒寿を越えし師なりけり

手をとれば仄かに温し紅葉冷

月影に大悟もならず螻蛄の鳴く

いつもただけふをかぎりと身に入みて

出家なる不思議な月日露けくも

師に侍ることのうれしき夜寒かな

来し方を思へば銀河雪崩れたる



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