俳句鑑賞・その4

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もの言はぬ一日石蕗の花に暮れ 玉宗

〇11月15日の投句より


あたゝかな雨がふるなり枯むぐら  子規
名月やすたすたありく芋畑
一籠の蜆にまじる根芹哉
みちのくへ涼みに行くや下駄はいて


「子規の句を見ると、初めのうちはそんなに器用な、上手な作家とはとても思えない。才能のひらめきは見ることができるが、俳句そのものとして見ると、そう上手な人ではなかった。ただ、非常に正直なところがある。句は上手ではないが、非常に現実感が強い。」
故・沢木欣一先生の言葉である。即物具象を称導した氏には、実景に即した感動こそ最短定型詩の醍醐味であるという確信があった。子規は当にその典型なのである。病状六尺の天地にいる子規にとって見ることは生きることと同義であっただろうし、あるがままに生きるより外になかったのだとも云える。生きていることは奇跡だという実感を持ちえた人間。次の句はそのような人間の眼差しが捉えた生の何気なさ、或いは死の何気なさなのかもしれない。

鶏頭の十四五本もありぬべし
この句は評価が別れているようだが、私などには何故評価が別れるのかが解らない。虚子などはこの句を撰集に入れることはなかったというが、それだけを持ってしても虚子の写生と子規の写生との質の違いがありそうだ。
嘗てこのような自然さで持って一句を成したものがあっただろうか。人を食ったようにさえ見えるこの自然さ、正直さ、何気なさ。そしてここにある一種の「かるみ」は、自己を客観視することがなければ決して生まれない。俳句の「かるみ」とはまさにいのち輝きである。見ることがそのまま感じているという写実の奇跡がここから始まったといてもよかろう。子規は確かに俳句の革新を成し遂げたのである。それは恐らく阿鼻叫喚の病臥の合間に授かった詩精神の強さの賜物だったのであろう。

子規の句には「さっぱり感」と言ってよいオリジナリティーがある。虚子にはそれが足りないと思う。良くも悪くも虚子の句には「大人びた」ところがある。今を命ギリギリ生きて行くことを避けられなかった子規。虚子はそんな子規を目の当たりにしながら兄事するのであるが、内心には切羽詰まって生きる理由など彼自身にはなかった。文學への志の違和感を語ってもいる。
写生もまた作者の眼差しが何処を向いて生きているかがあからさまになる表現ということになるかな。子規は自己のうちにある「月並み性」をみごとに克服してみせたのには違いない。明治の自然児、正岡子規。大した奴である。



ということで、ごく自然に月並みを脱していると思われる句をいくつか。

「蘆の穂の絮となりたる中州かな 栄太郎」
まさに自然描写。これ以上でもこれ以外でもないリアルな情景の再現、というか表現。平凡ではあるが陳腐ではない。平凡という何気なさこそ光る。物欲しそうでないのがいいな。

「山茶花や直哉旧居に手水鉢 紀宣」
山茶花の配置が自然だね。きっと見たまんまなのだろう。眼前の感興に月並の入り込む余地は少ない。私なら「直哉旧居の」にしたいな。「に」だとこれ見よがし感というか、言って聞かせようかみたいなところがある。構えさせる。「山茶花」が呆けないように「の」の方が何気なくはないかな。

「いつまでも本家と言はれお茶の花 千秋」
茶の花はどちらかと言えば目立たない花。偶に来る本家には何気に似つかわしい花ではあるか。家族社会の崩壊が言われて久しいが、田舎ではまだ、ごく自然に本家筋の絆を大切にしているようだ。絆を柵と捉える人間には差別的に聞こえるのだろうなあ。

「オリオン座大きく舵を取りにけり 美音」
この空間の大きさはどうだろう。見えている星は何光年も昔の光り。大きく舵を取ったのは客船だろうか。海賊船だろうか。難破船だろうか。銀河鉄道だろうか。はやぶさ二号だろうか。作者自身かもしれんね。ほとんど神話の世界ではないか。時空が半端ないね。読み手である私の方に自然な感動が湧いてくる。ときどきこんな句との出会いがあるからうれしいね。このような句も立派な写生句である。何を描写したかは言うまでもないね。

「鳥居より小さき社や櫨紅葉 真波」
ささやかな発見を一句にした眼差しが自然だな。季語が社の杜の空気感、秋晴れ感を演出してくれるじゃないか。これを月並写生句というなら俳句なんぞ止めた方がいい。


〇11月16日の投句より

俳壇の第一人者であった俳人森澄雄は主宰する「杉」のある講演で次のようなことを述べている。

「ぼくはいっぺんも、自分が俳人だと思ったことはありません。俳人が俳句を作るのではなくて、素の人間が俳句を作っている、それが大事なんです。俳句を拵える時に皆さんは、自分の人生はそっちに置いて、いい句を作りたいなあという思いで、材料や季語を探す場合が多くないでしょうか。ここにお集まりの皆さんには、六十年なり、七十年なりを生きていらした方が多い。それだけの人生を生きてきたということは、その人にとってもう宝なんです。人生の味わいをたっぷりと持っているはずであって、いちばん豊かな俳句をつくることができるという感じがいたします。ですから、自分がもっているその宝で俳句を作らないで、ただの俳人になって、頭ばかり働かせて材料や季語を探しているのはとても惜しいことだと思いますね。自分の人生で俳句を詠む、素の人間が俳句を詠む、これが最も大切なんです。」

ということであれば、その人の生とは如何なるものかというのが次の命題として出てこなければならない。朝起きて、顔を洗い、飯を喰う。当たり前のように人の世の実生活を営みつつ、今生という時間的にも空間的にも無限のなかにいる人間として生きるはかなさ。「虚」であり「夢」である、そのような無常なる実人生の中に俳句という「虚」の世界を表現する。言わば、一句が「虚」を含んだ大きな世界を持つということ。その微妙な皮膜に命を賭ける俳諧師が森澄雄だったのである。

私が思うに、氏には「虚」も「実」も人生の真相であるという確信があったのではないか。「虚実に遊ぶ」とは「生」を弄ぶことではない。真摯に、謙虚に「虚と実」に真向かう俳諧師の志し、引くに引けない主体性そのものであったということ。俳句とはそのよう「素」なる人間・森澄雄の生き様、命の豊かさそのものだったのである。味わい尽くせない氏の人間性が多くの人に愛された所以でもあろう。

ということで、素なるものが感じられる句を。

「金平糖ばらまき冬の夜空とす 眠兎」
金平糖を夜空にばらまくなんて、なんて子供じみた、ありうべからざる、夢のような、美しい願いごとであることか。作者の素なる心模様を垣間見る思い。

「ムササビの声を枯らして雪呼べり 霜魚」
ムササビの鳴声は余り気持ちの良いものじゃないが、頻りなる思いがなんとなく伝わってこないこともない。あれは雪を仲間に呼んで人間を威嚇していたんだねえ。獣の素なる声に耳を傾ける作者。

「着ぶくれて本音やうやく顔を出す 静代」
本音、自らの内にあって、なかなか聞くことも叶わぬ素なる声。裸になるより着ぶくれることによって、心に余裕ができる人間。少し鬱屈した人間像が見え隠れする。

「茶の花のはるか笠雲富士の山 悦子」
一幅の、絵に描いたような、銭湯の書割のような、日本の原風景。素なるものには少しおかしみがあるね。

「朝日受く榛名九嶺冬薔薇 泰與」
これも遠景に対峙する冬薔薇という構図。冬薔薇には虚飾を拒む素なるものの凄さがあるな。

「落ち着かぬ十一月の身の置き場 美音」

飾らない一句の調べに、素なる心映えがある。それもこれも年末というどん詰まりにはまだ少し余裕のある、十一月という不思議な季節のおかげかな。

「風騒ぐや箕面の滝に紅葉舞ひ 幸」
滝には不思議と風が起こるね。しっかり写生ができていて、まなこ洗われる思い。素なる眼差しがある。

「蜜柑摘む青き空から二つ三つ 祐」
蜜柑には冬の青空がよく似合う。素なるものが響き合っている感じ。



〇11月17日の投句より

「ノタレジニシタイ」

共に故人となられたが、俳人森澄雄の語った言葉として川崎展宏氏が伝えている。昭和37年の東北旅行の時、森氏が「しきりにノタレジンニシタイとわめいていた」らしい。当時四十半ばを過ぎていた俳人の言葉である。

野垂れ死にとは一般的に、誰にも顧みられぬ、価値のない「死にざま」のことである。志し半ば、或いは目的そのものが意味のないものとなってしまった「生と死」。悲惨で意味のない戦争体験者でもある森氏にとって、「俳句」は、正義とか善悪とかという「何かの為」という手段ではなかっただろう。

「俳句」は、存在者であれば足りた人間・森澄雄の、絶望の淵から差し込んだ唯一の光りであったのかもしれない。生き延びるための手段ではなく、俳句と共に生き延びてきたということなのだろう。

「野垂れ死にをしたい」という若き日の呟きは、戦争という悲惨で意味のない、多くの野垂れ死にの果てに平和呆けしている現代社会への唯一の雄叫びでもあったのかもしれない。彼は自問していたのではないか。「豊かな社会」などと浮かれているが「ものの豊かさ」と引き換えに捨ててしまった大事なものがあるのではないかと。森澄雄には次のような言葉も遺されている。

「人間は広大な宇宙空間の中の一点。人間の生もまた、永遠に流れて止まぬ時間の中の一点に過ぎない。」

 ここからは存在への極端な依存・期待というものが感じられない。虚無的でさえあるが、氏にとってこのスタンスは生への慎ましさへと展開していった。「現実」という化け物に躍ることなく、名もない人間として野垂れ死にしても、あるがままであることに人生を賭けたい。彼はそう言いたかったのではないか。

すべては夢のようである。そんな世界で多くの人間は実を求めたがる。だが、詩人は夢の中にいて夢を詠うことに命を賭けた。言葉を紡いだ。蚕が自ら紡いだ糸で世界を創造するように、詩人は言葉を紡いで在るべき人間世界を創造するのである。己の「生」が野たれ死になのかそうでないのか。「死者」は何も語らない。遺されたものだけが「死者の評価」を繰り返している。あれもこれも、すべては夢の中のことである。

といふことで、俳句に野垂れ死にを覚悟しているかの如き句を。

「動き出す夜汽車の窓に蜜柑置く 慢鱚」

多くは語らないが夜汽車の窓に映る人生がある。俳句にも物語り性がある。思えばそれは文學一般の属性でもあり、全てをかたりつくしているような小説でも、何か問題のような、答えのような、謎のような沈黙が残っている。残っていなければならん。ましてや、五七五の最短定型詩である。ある意味小説より大きな世界が残されているといってもいいのじゃないのかな。換言すれば、読み手に委ねられるのは俳句だけではないということでもある。余情、余白。それこそが文芸の核かもしれないね。言い尽くさない覚悟が試されている。

「蠍座の眼の冴ゆるまで夜を行く 美佐子」

「蠍座の夜を行く眼冴ゆるまで」ということなのだが、こんな塩梅の一句一章もあるんだね。ここにも物語りがある。

「尾花散る風や海辺の遍路道 浩正」

情景が目に浮かぶ。調べがいいというか、俳句にも文体、文脈があるのじゃないかな。そうでないと読み手に意趣が届かない。主観が全面にでないことで、言葉あるべきように響き合う。

「耳掃除腿に預けて近松忌 寛昭」

浮世絵のせかいだね。旦那様の世界が見えてくる。「腿」か。「膝」より艶めかしい「実」がある。のうのうと言ってのける俳諧魂。真似ができそうでできない。人生に裏打ちされているということだ。

「大橋を渡り南座冬日照る 栄太郎」

おそらくそのまま。吟行の句かな。余裕があるね。こんな句を若者が作る可能性もあるだろうが、作者がこの句に自得する世界は自ずから違ってこよう。年を取るということは内に物語を蓄えるということ。余情、余白を蓄えるということでもあろう。そんなこと若者がどう逆立ちしたって叶うことではない。どちらが俳句と優れているかという話じゃないよ。背伸びしたってしなくたって、年相応の俳句しかつくれない。自分並の俳句しかつくれない。それでいい。畢竟、文芸は競争ではないのじゃなかろうかと思う次第。

「足元はスニーカーなり七五三 美音」

社会性があるね。現代が見えてくる。そいう意味で新しい。タブー視しないリアルな眼差し、つまり俳諧精神がなければこうはいかないのじゃないかな。写生には欠かせないニュートラルな姿勢が好ましい。人柄という人生への寄り添い方が見えてくる。


〇11月18日の投句より

 写生といえば正岡子規であるが、子規がその膨大な俳句分類から得た月並を脱する手立てがまさに写生・写実であった。「月並」とは観念や理屈を弄んでいるような句であるといってよかろう。「松のことは松にならへ」とは対極にあるような代物である。明治という時代精神もあろうが、自然主義、リアリズムを俳句革新の武器にしていった子規。彼には写実こそが俳句の再生、新しみを獲得する最良の手段であるという確信があったのではないか。宿痾に苛まれた子規にとって主観や理屈ほどあてにならないものはなかったであろう。病状六尺の天地を生きなければならない彼を慰め勇気づけたのは俳句という無私なる、潔い文藝のかたちだった筈だ。リアリスト正岡子規の面目がそこに甦る。

をとゝひのへちまの水も取らざりき 子規
鶏頭の十四五本もありぬべし



 ということで、写生の目が利いている句を。

「千歳飴胸の高さに歩み来し 無智」
「胸の高さ」にが微笑ましい。見ている方の眼差しに愛がある写実。

「白鳥の湖面戦がす風の如 霜魚」
  「湖面戦がす」と、写生の目がよく利いている。「風の如」と遠慮せずに、ここは「白鳥の湖面戦がし来りけり」なんてどうだろう。

「朝北風やこども部屋より空気抜く 真波」
  「こども部屋より空気抜く」がよく見ている。締め切った窓を少し強い朝の北風に開け放つ。母さんの愛情だネ。

「しきしまの大和の川を滑る鴨 美音」
  枕詞と古都の風情が浮かび上がる。「川を滑る」としたところが優れた写生ですね。よく見て、感じている故の、「滑る」という言葉の降臨があったことが窺えるな。

「穂すすきの絮に夕日の傾ぎけり 栄太郎」
  印象派の絵のような一句の肌触りがある。「傾ぎけり」という断定がいい味を出している。



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「冬菜」

寒さうな男が一人通り雨

神無月てんてこ舞ひの世なりけり

葱抱いて妻が帰るよ寡婦のごと

ぶん殴る太さに丁度よき大根

人参をガリガリ喰うてみせにけり

流れゆく水に手を切る冬菜かな

白菜のまだ玉なさぬかろさなる

亡骸に寄り添ふ炭火育てをり

月の渚に流れ着きたる朱欒かな

雁がねの旅寝に聞くや冬の雨




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「さながらに」

凩の気の済むやうに草は薙ぎ

炎なすたましい色の仏手柑

雨籠る昼の暗さよ実南天

隙間風魑魅が後ろを過ぎりしか

木の葉髪頻りと先に逝きたがり

大根引き一人この世に遺されて

さながらに冥途の土産干し大根

黄落す通りすがりの人生に

死に真似をする虫とゐて冬籠

堪りかねて腹の虫鳴く寒さかな

落葉して寺が埋もれてしまひそう

枯葉散る空見るたびに傷ついて

雑炊をたひらげし夜のすさびかな



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