風邪の思い出

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母似なるわが手わが足荒れにけり 玉宗


一週間ほど前から咽喉がイガイガし出している。風邪の初期症状はいつもこんな感じ。生憎週末で病院にも行けず、市販薬で済ませているうちに今回はなんとか収まりそうである。

いつものことだが私が風邪を引くと洗濯物が多くなる。子供の頃の刷り込みとは侮れないもので、実母は私が風邪を引くと「汗を出せ、汗を出せ」と言っていた。小学生五六年になっても添い寝してくれていた。下着がビショビショになると素早く着替える。その繰り返しも二三度すれば熱も下がっていることが多かったように記憶している。こんなことを夫人に言うと信じられないといった顔で、「今時そんな風邪対処方は誰もしていないわよ」と言われるのが落ちなのだが。

夫人が言うには、熱が出ることは怖れることでもなく、暖かい部屋で安静にしているに越したことはないそうだ。勿論、処方された薬を呑んでの話しだが。無理に着込んで汗を出すことの方が危ないんじゃなかろうかと私も思わないではない。母との思い出も私の記憶違いであるところがなきにしもあらず。だが、風邪の私に添い寝して、見届けていてくれたのだけは間違いない。それでなくても、小さいころは病弱な方だった。気が気ではなかっただろう。

体質的にも気質的にも私は母に似ていると思っている。罅皸に悩まされるのもそうだ。冬になると母はよく指に絆創膏を巻いていた。水に仕え、土に仕え、海山に仕えた働き者の母である。愚痴もこぼさず、こつこつと、しぶとく、あきらめないで生きていた母の姿を忘れられないでいる。風邪を引くたびにそんな母のふところが思い出される。

そんなこんなで懲りずに今年も着込んで寝てみたのだが、それほど汗を掻くこともなく初期の段階で持ち直したようである。




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「近道」

なにもかも過ぎたることよ帰り花

近道はなんだか怖ひ綿虫舞ふ

冬椿よりそふ影もなかりけり

雨音のやがて霙となる暗さ

鬼の子や冬三日月にぶら下がり

何処へゆく足音ばかり冬木立

一人でも淋しくないぞ雪来るか

暮れてゆく鴉の声も十二月

ポケットの底抜け星の寒かりき

梟に呑み込まれたる夜の鍵

寒波来て星の鳴り出す夜なりけり





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「ばあちやん」

母ひとり能登に老いゆくしぐれかな

石蕗咲いて空色褪せてゆくばかり

ばあちやんの見舞に蜜柑一袋

床臥せの母が窓辺や笹鳴きぬ

老いらくの身をよこたふる衾かな

九十を疾うに過ぎたる木の葉髪

狐火が来るぞと入歯なき顔で

漣す母の寝息や雪来るか

風呂吹や生きながらへし淋しさの

星冴ゆる母を眠らせ外に出れば

母泣けば屋根の軋める霜夜かな

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