ままごとのこころ

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盆棚のままごとなしてしつらへり 玉宗

結論を先に言えば、仏事はままごとである。人生はままごとである。諸行無常を生きるとは、ままごとである。というのが私の実感である。

 ままごと(飯事)とは、幼児の遊びの一種。おままごとともいう。分類上はごっこ遊びの一種と考えられており、身の回り人間によって営まれる家庭を模した遊びである。参加する人を、お父さん、お母さん、赤ちゃん、ペットなど家族に見立てた役を振り分ける。そして、家の炊事・食事・洗濯・買物・接客等を模倣する[1]。主に女の子の遊びとされる。
語源 ままごとの「まま」は、英語の「mama(母)」ではなく食事を意味する「飯(まま)」からきている。現在では、食事だけに限らず食事に至るまでの光景、食卓を中心とした家庭生活一般を含めた模倣も「ままごと」と呼ばれている。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


「ままごとも」も「遊び」も子供だけがしていると思うのは随分と偏ったものの見方。大人も又、様々な「智慧」を駆使して暮らし、ときに遊んでいる。そこでの「ままごと」や「遊び」の違いと言えば、大人は子どものように「無心」でままごとをしたり遊んだりすることができなくなっている事実がある。

 お盆という行事は先祖への思いを致すことであるのだが、それがそのまま今を生きる自己の命の豊かさ、深さ、奇跡といったものへの寄り添いであることに自然と実感させられる。切れながらも続いているいのちの繋がり。そのような人生の目覚めに、お坊さんがいささかなりともお役に立っているのがお盆の行事ではなかろうかと思ったりしている。普段は、禅は自己確立の実践であると息巻いて、世間との交わりを二の次にしているような私であるが、お盆をはじめとした社会の需要に応えることができている現実を否定する訳にはいかない。

 「ままごと」の作法は地域によって異なる。というか、風土に順応して変化に富んでいると言った方が実際に近いだろう。多様性っていうんですか。根本に「いのちへの自覚」があって、日々の暮らしに於ける具体的な「寄り添いのかたち」を築き上げてきた訳だ。そこには仏教や儒教、そして神道からの理念があったであろうし、それらが混然一体となって「日本宗」とでも呼ばれるべき「いのちの文化」を創造し引き継いできたのである。

 お坊さんのすることはまやかしであり、ままごとであり、気休めであり、無意味なことだとする人たちがいるかもしれないが、気休めの何が不都合なのか。意味あることに感けての争いの歴史ではなかったのか。現実という謎めいた現象世界にあってこその理想を生きる仏道であることを忘れてはいけない。娑婆即涅槃。この濁世を離れてどこに寂光浄土を表現できるというのだろうか。

 お坊さんという生き方を提言する中で、様々な「いのち寄り添い文化」があって、曲がりなりにも仏道も又、人様の役に立っている現実を私は恥じたりはしていない。ままごとと言えば確かにそれは仏さまのままごとである。実一辺倒だけで人生が割り切れるものではない。虚実、隠顕を超えた命の現場を誤魔化してはいけない。余念を交えず、あるがままにまっすぐいのちの、今、ここ、を見たとき、受け入れたとき、決して理屈だけで割り切っては生きていないことを誤魔化してはいけない。

 私共は生についてどれほどのことを知悉しているというのか。死についてどれほどのことを知悉しているというのか。生きることに、いのちの実相に、今、ここに、人は謙虚であり過ぎるということはなかろう。主義主張も結構だが、自己の脚下を晦まさないとは自己を解き放つことと同義でなければならない。そのような、いのちの実物のところから、理想と現実、彼岸と此岸を往還できないものか。

 仏弟子としても、一人の人間としても、お盆という「いのちへの寄り添い文化」を大事にしたいと思っている次第。合掌。



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「風」

青々と風もあかるき芭蕉かな

水引の花のともしび消えやすく

淋しらの色に出にけり初紅葉

気まぐれな風が好きなるゑのこ草

芋の葉の裏吹き返す秋の風

無花果や歯のなき母の好物の

とんぼとんぼ風と遊べるとんぼかな

向日葵の爛れうなだれ秋暑し

ざうざうと風にざはめき竹の春

夾竹桃目覚め悪きに花盛り

波なしてゆたかにうねる稲穂かな

窓開けて眠るばかりぞチンチロリン



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「やよつてたかつて」

八月や遮二無二に生きて半ば過ぎ

引き抜きしゑのころ草と土手の風

ふるさとやよつてたかつて秋めきて

夜通しの雨に傷みし葛の花

貰ひたる嫁がとつても秋茄子

粟の穂や貧しき村の名残りにて

稲の香に取り囲まれし散居村

梨売りや呉羽に注ぐ日の光り

立山をそびらに氷見のカマス干し

コスモスに気楽な風の吹く日かな

野分より戻りぬ少しささくれて

熱冷めし夜のしづけさ虫の鳴く



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