様々だなあ

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蜘蛛の糸色なき風に破れたる 玉宗


 「様々だなあ・・」と呟くのが父の口癖であった。
そんなときの父の表情を、半世紀近くになろうとしている今も未だに忘れられないでいる。
それは好きなお酒を呑んで酔いの勢いを借りたときだけではなく、素面の折りにもしばしば耳にした。子供心にも不思議な響きを持った言葉だった。

 人の噂話を聞き及んだときや人間模様に思いを致しているようなとき、又は、テレビでの事件事故の報道にふれたときなどに思わず零れでる、そんな言葉だった。「呟き」という、救いようのない吐息のような言葉があることを初めて知った。あの正体はいったい何であったのか、大人になってからもずっと気になっていた。

 そんなある日、酒に酔った父が当時中学生だった私に絵を描いてみせてくれたことがあった。父は学歴もなく、小さいころから漁師として生きて来たのだと思い込んでいた私であったが、酔った勢いながらも出来上がったその絵は、子供ながらにも「ただものじゃないな・・・」と心動かされるような墨絵であった。

 「様々だな・・・」苦笑とも、羨望とも、恥辱とも、諦念とも、呪詛とも聞こえたその呟きを私は忘れられない。父の語ることのなかった人生への無念さが、思わず口を突いて飛び出したかのようで、子どもながらに同情を抱いたものだ。思えば、子供という可能性は大人の呟きやため息に敏感に反応し、聞き洩らさないものなのだ。父の夢、それも、叶うことのなかった小さな夢を垣間見たような気がした。そして、そのような父への同情と共に、見てはならない父の秘密を見てしまったようなやるせなさもあった。私には父を愛する以外にどうすることも出来なかった。

 大人という人生の沖の寂しい風景を垣間見たということだったのだろう。後にも先にも、一度だけの、己の魂の秘密を子供に明かした父。人生に光りと影があることを教えてくれた父よ。

 「様々だな・・・」ここ数年来,私も事あるごとにそう呟いている自分に気づいている。私もまた、叶わざる夢の幻影に魘され続けている人間であるということか。「何様だ」という口癖は夫人に注意されることは多いが、「様々だな、、」は、夫人もその思いの深さを計りかねているらしく、今のところ何の反応もない。


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「ほろほろ」

ほろほろと山鳩含み鳴く素秋

沖よりの風にそよげる萱を刈り

急かされて急かしてだれもつく法師

せつせつと案山子担いでゆく男

送行の行李もかろき旅路かな

酔芙蓉年の頃なら五六十

さくさくと病癒えよと梨を食ふ

一人になれば秋めく夜の女かな

生身魂月の褥に嵩低く

渺渺と耳遠くして星流れ



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「蛇口」

蛇口より悲鳴八月十五日

さざ波し川遡る秋の風

捕虫網風の早さに空を切り

水引の花やつんつんして弾け

乗合す七尾本線解夏の僧

亡き父を恩人と呼ぶお中元

鬼ヤンマ子供に翅を抓まれて

蜘蛛の糸色なき風に破れたる

送り火を吹き消す風やふいに来て

流燈のぐらりと沈み闇深し

盆踊り油染みたる夜の空





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