数奇な人生?!

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生き死にのいづれ淋しき曼殊沙華 玉宗


    

左から実兄、八百屋の倅、実妹、そして私。兄とは二つ違い。妹も二つ違い。八百屋の倅は妹と同い年。昭和40年頃だろう。

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 長男でもあった兄は勉強はさほど得意には見えなかったが、運動神経がよくバスケットの主将をつとめたりしていた。誰に似たのか正義感が強く、学校の不良を凹ますような存在でもあった。又、高校時代から彼女と付き合っていて、それはだれもが知るところであった。私にとっては憧れの、頼りがいのある兄だった。そんな兄も家業を継ぐこともなく、好きな道を選んで、能登半島地震の二年後事故で亡くなった。

 妹は上の姉たちが彼女より一回り上も年が離れており、いつも私や兄の後をくっついていたような記憶がある。私にはおまけのような存在だったので、真面目に遊んであげた記憶がない。そういう意味では、大きくなっても姉たちを頼りのできなかった妹は可哀そうでもあった。結婚し、子どもが手を離れたあと離婚。今も一人で暮らしている。

 八百屋の倅は父が懇意にしていた知人の息子である。父と母が二人で出稼ぎに出ている間、その八百屋に預けられて一緒に暮らしていた。出来が悪かったのか、毎晩母親に叱られているのを布団の中で兄と二人で聞いていた。後に知ったことだが、彼は実の息子ではなく養子だった。その八百屋さんには一人娘がいたのだが、後継ぎとして貰われてきたのだろう。

家族以外の子供と一緒にひと時を暮らすという経験をした訳だ。私達兄弟とは違った感性を持っていたので、見たこともない昆虫を目の当たりにしているような面白さがあった。そんな彼との付き合いも、中学校からは別になり、その後音信も絶えてしまった。数年前、横浜あたりで働いているという噂が耳に入ってきた。伝え聞けば、彼も数奇な人生を送っていたらしい。私のことを覚えているだろうかと、ふと思った。

然し、数奇な人生と言えば、私が最右翼と彼等には映っていたのかもしれない。


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「金沢」

梨売りや加賀も小立野辺りにて

糸瓜忌を近江市場の人ごみに

秋彼岸地下街にゐてさ迷へる

秋思いま兼六園に坂がかり

ちちろ鳴くほかは音なき椙樹林

来てみればすでに秋風大乗寺

結界を難なく越ゑて藪枯らし

鬼の子や出世第一道場の

蕎麦喰うて出れば金沢秋時雨

片町の夜霧に濡れて別れけり


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「憂き目」

露けしや息吹きかけて粥冷ます

蜘蛛の巣に絡めとられし秋思かな

舞ひ上がりやがて鎮まる茸狩

生き死にのいづれ淋しき曼殊沙華

無花果を喰うて楽園追はれしか

螻蛄の声聞きしばかりの憂き目にて

韮咲いて力抜けたる宵の風

ふり向けとばかりに色のなき風が

たらちねに咎められたる秋昼寝

仏壇にいつもの暗さ龍淵に

蹴飛ばしてみてもやつぱり虚栗

好きなやうに生きてままこのしりぬぐひ

芋の露もんどり打つて弾み落ち

世を捨てて世に捨てられて秋簾

夜になればへらへら嗤ふ茸かな

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