大法要近づく

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開山の心を今に秋澄みて 玉宗

 大本山總持寺祖院では毎年九月十二日から十五日にかけて、御開山常済大師二祖国師御征忌大法要が執行される。
御開山は太祖常済大師瑩山紹瑾大和尚(一二六四~一三二五)。そして、御開山のお弟子である大現宗猷國師峨山韶碩大和尚(一二七六~一三六六)のお二人への報恩行持である。

「總持寺に於ける開祖と二祖とは日月双懸の間柄である」とは、總持寺独住八世栗山泰音禅師のお言葉。總持寺では今でも御開山と二祖様が一体であるという理念のもとに行持をし回向をしている。

 様々な変遷がありながらも門前町に總持寺祖院が今にあるのはその教化を地元だけではなく全国へと裾野を広げ、本流となったお二人の祖師の上求菩提、下解衆生なる最初の一滴と並々ならぬ不惜身命の行持相承があったからこそ。御征忌はそのような恩徳深き御開山太祖大師と二祖峨山禅師の御命日の報恩行持の一環であり、全国から御寺院様が上山し、一堂に会し香を焚き、読経し、回向し、祖師方の遺徳を讃え、志を新たに仏の道を再確認する四日間である。仏祖に寄り添い、衆生に寄り添う両箇の月。僧俗ともに難値難遇の時節因縁と言わねばならんだろう。そんな大本山總持寺祖院の二祖国師御征諱法要が近づいてきた。今年はコロナ対策への遠慮もあり、例年より一日短い三日間の行持となった。

 大本山總持寺祖院の正面に位置する伽藍は「大祖堂(だいそどう)」と呼ばれている。「祖堂」とは一般のお寺では開山堂に当たる建物だが、總持寺祖院では「開山堂」でもある「大祖堂」が「法堂」「本堂」としての役割も担っている。正面須弥壇の最上段・御真殿の御簾の奥には、永平道元禅師、瑩山紹瑾禅師、峨山韶碩禅師、五院開基の普蔵院、洞川庵、如意庵、伝法庵、妙高庵、そして独住禅師位の御真体と御位牌が祀られている。

 それらはすべて南面してわれらが法要を見守っている。普段は戸帳が閉じられているが、焼香師の諷経が始まると戸帳が完全に上げられ、御真像が露わになる。まさに焼香師は目の当たりに御開山や祖師方と相見される訳だ。御征忌法要の焼香師は、先ずは、献供し法語を唱え、御洗手し、これらの祖師方の祀られている須弥壇上に案内役の僧・侍真和尚に先導され、恭しく拝登する。自ら親しく香を焚き、拝礼される。これを「上壇拝登」という。又は、「御開山拝登」ともいいわれる。だれにもできることではない。

宗門の僧として一生に一度あるかないか。難値難遇の法縁があればこその礼拝である。威儀即仏法・礼拝得髄は宗門の根幹でもある。あろうことか、そのような意義深い焼香師を拝命し、14日の普蔵院開基太源宗真大和尚六五〇回忌献粥諷経の導師を勤めることに相成った。生涯に一度きりのことであろうから、それなりの思いで立つことになろう。夫人もいつになく気合が入っていて、当日の着物の選択に余念がない。私は黒衣で臨みたいのだが、余り勝手次第を通したり奇をてらったこともできまい。ここは緋の衣は遠慮して、板橋禅師様から戴いた地味な色合いの衣と袈裟を身に着けて臨む予定である。


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「ひと仕事」

秋めくや朝飯前のひと仕事

掛稲をつたふ村雨滝なして

簗崩れ日に日に川の怖ろしき

重陽や枕に残る夜の冷

母乗せて高きに登る車椅子

白寿なる母へも少し菊の酒

豆稲架のからから母の機嫌よき

つながつて風船葛ひとつづつ

夕顔のこれみよがしの実なりけり

とうなすのふてくされたる重さとも

糸瓜ぶらりと禅智内供の鼻垂れて

わがままに生きて好かれて鳳仙花

秋の蜂尻の閊へてゐるところ

千代尼忌の井戸水をもて行水す

運動会大漁旗を振りかざし

雲とゆく西国札所秋寂びて


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「ぶらりと」

秋めくやひと雨ごとに風ごとに

つながつて風船葛風に鳴る

夕顔のこれみよがしの実なりけり

とうなすのふてくされたる重さとも

新涼やぶらりと風の吹く方へ

わがままに生きて好かれて鳳仙花

松前に嫁ぎし姉のお中元

栃の実の笛を競ひし兄もなく

大根を蒔きて恵みの雨となる

秋の蜂尻の閊へてゐるところ

ゆきゆきて風にふり向くすすきかな

肩の荷を下ろせとばかり来る蜻蛉

遠目にもわが子と知れり鵙日和

何処へもゆかぬ母の手になる栗ご飯

名も知らぬ千草の花に励まされ

秋蝶や日に日に影の薄くなり

今年米担ぐ動機がなかりけり

一粒の疎かならず式部の実

暮れてゆく鐘の音にも秋寂びて

身に入むや眼閉ぢても開いても




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