お袈裟の色が気になりますか?

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雁の来るころといふ海の色 玉宗
 
 お坊さんと云えば墨染の衣というイメージがあるかもしれないが、お釈迦様もその弟子も、みな糞掃衣(ふんぞうえ)と呼ばれるお袈裟を身に着けていた。「糞掃衣」とは捨てられて顧みられなくなった襤褸布で作った衣のことである。色彩も壊色(えじき)と云われるものである。原色ではなく謂わば汚れたような、濁った色合いのこと。何故かと言えば、執着の対象から離れているからであろう。執着を起させないということ。着る物、見る物ひとつでも人間は迷い、拘るものである。殊更に粗末な装いをするというのではなく、一切合切の束縛から解脱することが面目である仏弟子にとっては当然の気配り、本義ともいうべきもの。一衣一鉢。「糞掃衣」と「応量器」が仏弟子の代名詞でもあった。釈尊は一生、粗末な布で作った衣を身に纏い、それ以外の華美なお袈裟は着る事がなかったという。

 さて、赤、黄、紫、金襴など、現在では彩色・生地・裁縫まで品物も様々である。いつのころからこのような状況になったのか詳らかにしないが、お坊さんの需要に業者が応えたものか、業者の誘いにお坊さんが乗っているのか。どちらが実際の真相に近いのか判別しかねるが、恐らく両方であろう。そんなことであるからか、檀家さんや一般の方々もお袈裟や衣の色でお坊さんの値打ちを判断することになるのかもしれない。檀家さんも又、わが菩提寺の住職が黒衣しか着れない人物であることに我慢がならないという次第になってしまう。

「檀家さんのためにもいろんな衣装を着てあげる。それでいいじゃないか。中身の問題とは別。」というような事を公言する住職もいる。一方に、誰がなんと言おうと、如法な、壊色で通すという人物もいるだろうし、自ら手ずから袈裟衣を縫い上げる方々もおられる。
 衣装と雖も疎かならぬのが宗旨でもあるのは承知している。いずれにしても、私には豪華な衣やお袈裟を着る資格もお金もないのではあるが。このような言挙げは、如何にも小人の負け惜しみに聞こえるかもしれないが、衣やお袈裟の色かどうのこうのと拘るよりもっと一大事な内実の問題が山積していることを忘れたくはない、という思いがあることも本心ではある。

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 今回、焼香師を拝命したのだが、最低限の資格として緋の衣を着用できるのが条件である。それは寺の住職になり晋山式を行った時点で宗門から与えられるものであり、わたしもまた緋の衣を着る資格があるということになる。そうではあるのだが、当初焼香師を拝命した折に、即「黒の衣と木蘭の袈裟」でやり通したいという思いに駆られた。上述した思いが以前からあったからである。今まで長いこと御征忌に随喜してきたが、黒衣で焼香師を勤めた住職を見たことはない。もし強行すれば前代未聞、末代まで注目されること間違いない。私一人が汚名や恥を忍べばすむことではあるのだが、遺された弟子に肩身の狭い思いをさせるのではないかと考えなおした経緯がある。確信犯を押し通す気概もない。

 ということで、板橋禅師様から生前に戴いていた紺色の地味な衣と、般若心経を配した九条袈裟を掛けて臨むことにした。これならだれも文句は言うまい。姑息ではあるが、衣や袈裟の色に拘っている宗門であることは免れがたい現実である。本音では、一介の名もなき黒衣の禅僧で生き抜きたい。外見より中身、実物がものをいう世界に生きている。生きていたいという夢がある。覚悟がある。末世の比丘ではあるが、良寛に憧れているのもなにものにも束縛されない人生を送りたいがためである。一寸の虫にも五分の魂。否、一寸の虫には一寸の魂がある。夢がある。それを全うしたいだけだ。

 「何故に家を出でしと折ふしはわが身に恥じよ墨染の袖 良寛」


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「色」

雁の来るころといふ海の色

用済みの案山子担いでゆくところ

楓の実くるくる舞うて地に落ちぬ

まだ食へぬ柿の青さを見て過ぐる

底知れぬ淵の色にも冷やかに

秋雲のひろがりひろがり傷疼き

マネキンの眼はうつろ鳥渡る

仄暗き色をぬるりと花茗荷

手すさびに裏の畑の菜を間引く

立ち話もなんですからと諸葛菜

式部の実宮仕へなる色をして

見も知らぬ男が通る灸花

鯖雲の引き揚げてゆく越の国



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「雁のころ」

手探りに枕引き寄す雁のころ

名も知らぬ色鳥一羽来たるのみ

雀来て稲穂の波に浮き沈み

一枚の刈田と稲田五六枚

村雨に釣舟草の揺れ已まず

隠れん坊の鬼が探しに来ぬ千草

手折りたる芒に風の生まれけり

仏壇の奥の方よりつづれさせ

虫籠に残る胡瓜のひとかけら

衣被つるりと剥けて二人きり

とろろ汁怒濤の如くたひらぐる

沖へ向く能登の神棚星流れ

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