震災を生き延びた二人

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生きて来た二人の朝の桔梗かな 玉宗


結婚して三十五年。
亡くなられた板橋禅師は私のことを褒めることは滅多になかったが、夫人のことは褒めちぎるのである。
「あんたさんには勿体ない」と仰るのが常であった。どうも本心からの言葉、心情であったらしい。夫人を褒められて悪い気はしなかったが、本人にしてみればなんだか面映ゆい。自分が半人前であることは承知しているのだから尚更である。そんなことを指摘してくれる師匠もこの世にはいない。

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 平成十九年の能登半島地震に被災したとき、夫人は台所にいた。咄嗟にガスの火を消し、神棚のある隣の間へ逃げ込んだらしい。本能的に広い空間へ向かったのだろうが、机の下に潜り込む間もなく天井が崩れ落ち、瓦礫に埋まってしまった。私は隣りの方丈にいたのだが、大きな揺れに歩くことも出来ず、外に面した壁際の柱に最後までつかまっていた。揺れが収まり我に還るまで少し間があった。何が起きたのか頭が理解できなかった。大音響のあとに静まり返った御堂。埃が鎮まると、あるべき本堂のあたりに青空が覗いている。

「倒壊したんだ!」

咄嗟に夫人の名を呼んでいた。二度三度、四度と大声を出して探し回った。返事がない。夫人の死が脳裏を掠めた。

「俺ひとりこの世に遺されるのか。たまらんな。」

そんな想いを抱きながらおろおろしていたのである。
その時夫人は瓦礫と埃の中で呼吸も絶え絶えですぐには返事ができなかったのだと後に語っている。幸い梁の下敷きにはならず、右足の甲の軽い裂傷ですんだが、被災後暫く暗がりや閉ざされた部屋に籠ると気分が悪くなっていた。夫人は交番のお巡りさんや隣近所の人に助けられて倒壊した瓦礫から外へ逃げ出した。

振り返ると原形を留めないほどに倒壊した残骸の山が其処にあった。余震が起こるたび敏感に反応する。兼務寺の永福寺へは連絡がつかない。どうしたらいいものかと暫し茫然としていたのだが、幸い、車を使うことが出来たので取りあえず輪島へ向かうことにした。途中、ごった返している病院に寄り夫人の怪我の手当てをして貰う。輪島までの車中で二人で永福寺にいる家族が無事であることを祈っていた。市内に入ると門前ほどの被災状況には見えなかった。お寺が倒壊もせず建っていることに安堵し、玄関に入ると長男が出迎えてくれた。地震の揺れで落ちた壁の残骸を掃き集めていたらしい。

「大丈夫か?!」
「うん、おばあちゃんもみんな大丈夫だよ。興禅寺はどうだったの?」
「ああ、全壊しちゃった」

気丈で、滅多に気弱なことを言わない夫人であるが、長男の顔を見るなり、堪え切れずに泣き出したのが印象的であった。それ以降、暫くは永福寺を拠点としてで興禅寺再建の歩みを始めることとなったのである。

 その後、全国からの支援を得て再建することが出来た。再建の歩みも夫人の支えがなければどうなっていたものか分からない。住職と寺族、坊守としての日暮らし。被災前も、被災後もそれなりにいろいろあったが、震災に遭遇して、夫人の存在が私にとってかけがえのないものであることを改めて知らされたのは確かである。

 興禅寺復興途上にあって、倅は大学を卒業し自ら発心して僧堂へ修行に向かった。黙って十年安居を実践中である。祖院でも重要なお役を戴いて、この度の御征諱法要でも維那を勤め切った。師匠の私にも果たせなかった奉公を尽くしてくれている。幸いなことに彼はどちらかと言えば、私より性格も容姿も母親似である。

そんな子供らも傍にいなくなり、四六時中夫人と顔を突き合わせての生活になった。被災当初はなりを潜めていた我儘を言い合う日々も再開している。変なものの言いようだが、それもなんだか懐かしい。言いたいことを言い、身も心も許し合える存在であるのだが、言うまでもなく私たちは元々他人同士である。二人の間に生まれた子供には親の血が通っているが、夫人とは血ではないもので繋がっている。お寺に生まれ育った夫人とは、仏道に於ける同志という感が強い。どちらにしても人生の授かりものであり、宝ものであるにはちがいない。宝の持ち腐れにならないようにしなければならない。


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今回、御征諱法要で焼香師を拝命したのだが、私より夫人の方が余程うれしかったらしく、そんな夫人に感化されたのか、生涯に一度あるかないかのめぐりあわせの拝命に感謝の念が自ずから湧いて来たのにはわれながら予想外ではあった。
期せずして夫人へのご褒美ともなったことが私には嬉しい。


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「翳り」

海桐の実こぼれ潮騒迫り来る

蓮の実の飛んで残りし穴無数

蓑虫の落つこちさうでならぬなり

町医者に生まれて育ち諸葛菜

栗ご飯おかわりをして喜ばれ

故郷の林檎供へし遺影かな

總持寺の寺領に老いて芋茎干す

茗荷咲き花の翳りというものを

胡麻干して山に翳りす鬼屋村

この頃の翳り易さよ蕎麦の花

ゑのころに燃え広がりし夕日かな

竜胆や遠嶺に日の燃ゆるべく

枕辺に引き寄せ灯下親しめり

乳捨てし姉が二階に天の川

鬼城忌の夜の底ひに鳴く地虫



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「世」

水際に吹き寄せられし萩の葛

ふるふると転げ落ちたる芋の露

仮の世の蘊蓄を聞く菊膾

その中に粗忽なる者茸狩

血塗られし人の世曼殊沙華咲いて

碧天を堪え切れず木通割れ

われなくてよかりしこの世秋の風

草薙の雨に鳴き濡れつづれさせ

ゆたかにも瑞穂の里の水澄みて

死ぬる世の動かぬ証拠夕芒

月の宴どの面下げて来りけり



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