虚子の桜

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鳥渡る五七五の彼方より 玉宗


 輪島の永福寺には「能登言葉親しまれつつ花の旅」という虚子の句碑がある。戦後間もなく輪島に来輪し、永福寺において地元のホトトギス探勝句会の面々と句会を開いている。現在もお寺には当時虚子が控室として使った部屋があり、お寺の者は今も「虚子の間」と呼んでいる。その「虚子の間」には永福寺本堂正面での記念写真が掛けてある。

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 曲彔に腰掛けた大虚子が前列正面に鎮座し、地元の連衆に混じって、星野立子、高野素十の顏も見られる。錚々たるものだ。「花の旅」の句は永福寺でのものなのだろう。「虚子の句碑」と「虚子の間」と「虚子の桜」と密かにお寺の文化財として大事にしてきたものではある。

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 その集合写真の上部に花をつけた桜の枝が差し掛かっているのが見える。この写真は昭和二十八年だとされている。私の年齢とほぼ同時代のもの。桜は今も永福寺に毎年真っ白な花を咲かせてくれている。そうではあるが、すでに百年をゆうに過ぎた老木といってよい状態である。幹も黝ずんできて、大風で何度も枝が折れたし、洞もできている。そんな桜の木がつける白っぽい花弁は、心癒されもするが、痛々しい思いも重なって私は微妙な心持になる。また、石垣を摘んだ一画に植えられてあるので、根っこの影響でその石垣がズレているのが分かる。

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 ということで、数年前から新しい苗木を植えることを夫人に提案していた。その度に夫人は強く反対して、最近もその話をしたら、「私が死んでからにしてください!」とにべもない。

 そんなことをくり返していたら先日、市役所のなんとか課の人が来て、永福寺の桜を市の景観条例なんとかの保全なんとかの対象にしたいのですと言い出したのだった。保全に当たっては維持費の三分の一、上限二十万円の補助が出ると言う。

この話を聞いて、夫人はわが意を得たとばかり、私に言うのである。

「お父さんに伐られてはならんとちゃんと神様がチャンスを与えてくれのね。」

 まあ、そう言われればそんな気もしないではない。正式に指定されるまでには半年ほどかかるらしい。まあ、指定されてもされなくても、土壌改良や支え木等を施して、虚子ゆかりの桜の寿命を全うさせてあげる手助けをするのもいいだろうと思っている今日この頃。


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「飯」

コスモスに吹く風蝶を吐き出しぬ

台無しの音して落つる熟柿かな

秋風や傷を舐めれば甘かりき

新米を担ぐ馬力もなかりけり

米を研ぐ音にも釣瓶落ちにけり

飯粒を糊とし障子切り貼りす

湯気噴いて飯炊きあがる秋の暮

蓑虫や泣き虫子虫もう寝たか

近づいてみればやつぱり虫の闇

十六夜の底へことんと投函す

放蕩の爪切りゐたる夜長かな


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「草の花」

生き急ぐこともなかろう草の花

椿の実割れてか黒き種零し

曼殊沙華火の色をして淋しかりけり

草紅葉ものみな遠くなりにけり

栃の実を食ひ散らかして穴に入る

猿梨の甘きを待てず山の子は

湧き立てるやうにも蕎麦の花盛り

露けしや行方の知れぬものばかり

山は暮れ空まだ白む晩稲かな

秋の暮妻とも知らずすれ違ふ

カメムシが夜長の窓にぶち当たる




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