人生の一大事

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寺を抜け大根洗ふ水となる 玉宗 

人生の一大事とはなんでしょうか。
生きていると次から次と様々な課題が生まれて来るものです。然し、それらの全てが「一大事、重要課題」と言い切るには大いにためらいがあります。一度きりの人生で、そんなことは採るに足りないと言いたくなるような「課題」が結構あるものです。人はただ「食べるために生きる」ことができるような動物ではありません。大なり小なり、「生きる意義」といったものを後付けでも先付けでもしたがるものです。

人間はなにがしかの「こころざし」を持たなければ生きて行けない動物でもあります。
お寺を抜けて流れる用水が里に流れ出て大根を洗う水となるように、お坊さんとは人生の「一大事」を決着し、衆生済度という因縁に生きることを更なる「一大事」としている人間のことであろうと思っています。「食べる」という「課題」のために汗水垂らして働かないのではありません。「食べる」ことと同じように「何のために生きるのか。生きる意義、いのちの実相」といった「課題」を抱え、決着していくことを本望としている人間でもあります。

いずれにしても「いのち」そのものが既に「一大事因縁」の賜です。「一大事因縁のいのち」を生きています。生老病死その時、その場の「一大事因縁」という「大いなる課題」を今も、ここに生きています。尊厳なる命である所以です。〈 法話集『両箇の月』より 〉




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「堪忍」

後を追ふ影が映れり龍の玉

何気なき男が一人焚火して

不束な仏弟子として年の暮

冬鳥を見送るお湯の沸く時間

年の瀬のそれは大きな臍の胡麻

耳垢の上手に取れて日向ぼこ

幾重にも堪忍して夜冬椿

還暦を疾うに過ぎたるちゃんちゃんこ

着膨れて社会の窓に手古摺りぬ

鼻糞を目糞が笑ふ海鼠かな

ふるさとの夜の情けや干菜風呂

明日知れぬ命が頼り根深汁



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「買ふ」

酒買ひに小僧走らせ山眠る

着膨れて空の機嫌を窺へり

お御籤を何度も引きに鳰潜る

数へ日の用なく外に出てゐたる

年の瀬のここにも一人甚六が

風の色に染まらぬ飾り買ひにけり

丸めたり引つ叩いたり冬帽子

宵闇やそろそろ松を飾るころ

タクシーの座席を濡らし雪女

煤逃げのついでに宝籤買ひぬ

指なぞる窓の曇りやクリスマス

宿り木にユダが愚痴るや年の暮



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