祈りの力

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雪掻いて無駄骨らしきもの残る 玉宗


寒行托鉢も七日を過ぎた。
礼年にない大雪で雪掻きもなんだが、托鉢して歩くにも難儀する。昨今は雪を解かすのに道路に融水装置が付けられるようになった。車には雪が解けて結構なことだが、歩道を歩く托鉢僧にはシャーベット状に融けた雪水は思いの外に冷たく、まだ裸足に草鞋で雪の上を歩いている方がなんぼましであることか。まあ、そんな愚痴はどうでもいいが、今年の托鉢はなんかやっぱりコロナ禍の社会を反映してかいつもとちょっと様子が違う。

まだ一週間を勤めての感想ではあるが、三十年以上托鉢してきて今まで一度も喜捨をされたことのない人や見たこともない人から呼び止められて喜捨を受けることがいつになく多いのだ。思うに、私は喜捨を受けた際に「財宝二施・功徳無量・檀波羅蜜・具足円満・乃至法界平等利益」という決まり文句だけではなく、相手への祈願回向を付け加えている。例えば「家内安全・商売繁盛」などであるが、今年の施主の心理を斟酌して「疫病退散・降伏一切大魔最勝成就」云々を付け加えている。

案の定相手は神妙に首を垂れ合掌されている。そのような人を目の当たりにするにつれ、徒や疎かに托鉢行をこなしてはならないと痛感する。寒行は私一人の行佛威儀であると同時に、施主への回向力としての功徳を積んでいるといっても手前味噌ではなかろう。「行」がそのまま私の「人間力」「仏弟子力」であることは紛れもない事実だ。「念ずれば花ひらく」とも言われているしね。勿論、それは羊頭狗肉という結果になり得る可能性でもあるが。いずれにしても誤魔化しが利かないし、誤魔化すつもりも毛頭ない。

いつになくわが祈りの力が試される今年の寒行托鉢でもある。





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「それどころ」
奥山に僧の鈴振る風花よ
遺されて手を振るばかり冬渚
雪晴れの空の高みに鳶の笛
仏壇の閉ざされてゐる氷柱かな
初句会それどころではないのだが
着膨れてみてもなんだかつまらなく
告げ口を諫められたる河豚の口
雪に抛りし助宗鱈のすぐ冰り
浮き世なる海鼠に生まれ変はりても
鮟鱇の腸抉り食らふなり
間違はれ恨みがましき鮃かな
かじけ猫それどころではなき貌の




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「村中」
雪折れの椿を床に飾りけり
奥能登の面様年頭雪もよひ
村中が挙りて松を納めけり
纜に夜半の雪積む起舟かな
御神体漁師に抱かれ初恵比須
鉄鉢の中にも少し積もる雪
托鉢の喜捨に蜜柑を貰ひけり
遠くより近づいて来る寒念仏
腰巻の中は吹雪で雪女郎
一文字の欠かせぬ鰥夫暮らしかな
親狸子狸夜の向かうから
湯冷めして韓流ドラマ視聴中


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