初心よければ

 



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蝋梅のひらかむとしてにほひたち 玉宗


諺に、「終わりよければすべてよし」とあります。
本来は、ものごとは最後の締めくくりが大切であるということのようですが世間では些か趣を異にして結果がすべて、取り繕ってまでしても結果の見栄えの良さを問題にしているかのようでもあります。

しかしそもそもが、何を以って「よし」とするのでしょうか?

「発心正しかざれば万行空し」という仏道のお示しがあります。

人生の時々において人間は間違いや失敗などを為すことが多いのが相場です。天災人災、いつ終わるともしれない儚くも危うい人生。思いもしない突然の締め切りに迫られるかもしれません。予測不可能であるのが存在の実相です。

私は今死んでもよしと言えるだけの生き方をしているでしょうか。精一杯生きたつもりでも間違ったり悔やんだりするわたし。果てしない愚痴の繰り返し。それでいいのかといのち自身が問いかけています。

大事なことは、過ちを糺すに憚ることなく、誠実に学ぶ姿勢、柔軟な精神、常に初心に立ち返る謙虚さを持ち合わすことではないでしょうか。

人生とはその方向付けがあればこそ、生まれてきた価値や意義が見出せましょう。当然のことですが、それは自己が見出すものであり、そうであってこそ生きている今の瞬間に力を尽くせるというものです。

そういう意味では、初めの一歩こそが人生の大事を決定付けるものではないでしょうか。

自立した人生とは終りを当てに出来ない今をありのままに受け入れ前向きに歩むことにほかなりません。その歩みというものが、欲望の延長線か、欲望を超えた世界か、私はどっちを向いて生きて行こうとしているのか。その初めの一歩が試されているのではないでしょうか。

         〈 法話集『両箇の月』より 〉



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「雑詠」
藪入や鳥籠吊るす海女が家
吾輩の温もる灰もなかりけり
水つ洟市中引き回しの顔の
ちやんちやんこお釣りをまけて貰ひけり
羚羊の耳聳つる遠雪崩
雪国の雪の甘さの冬菜かな
こんな夜は炭火も爆ぜて雪女郎
霜焼や水に仕へし妻が手の
白鷺の肩窄め立つ雪野原
一本で足りる干鱈と尻尾かな
狼の咆哮今も山月記
謎解けぬまゝに老いたり干大根
明日知れぬ命が頼り火を埋む



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「一月の」
暁寒き阪神淡路震災忌
一月の空の記憶やルミナリエ
風花や纜軋む舫船
冬薔薇嘘の吐けざる気位の
よく眠る夢の固さよ冬木の芽
一月の川面に雪の降り頻る
蝋梅の花のともしび濡れゐたる
蹲に浮く一枚の薄氷
鳥籠の遠くに山の眠りをり
一月の宵の来てをり蒼ざめて


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