良寛という生き方


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堅香子の影と寄り添ふ五合庵 玉宗



 良寛さまの周りにはいつも子供たちがいたという。朝も夕方も懐くようにやってくる。それを一つも煩わしいと考えずに子供たちと一緒になって遊んでおられた。また、村人が畑を手伝ってくれと言えば、畑の中に入った。時には草引きもし、家の手伝いもした。月夜の泥棒に黙って蒲団を盗まれたり、墨がなくなると空へ筆をなぞらえた。庄屋の放蕩息子には無言の涙を以って諭し、食べるものが底をつくと、ときには門前の信者さんに無心する事もあった。

 新潟は雪深い所で七十を過ぎた良寛さまは貪ることもなく、縁に随って日々を過ごされた。これは、今の私共がやれ修行をしております、やれ勉強をしておりますといっても足元にも寄りつけない解脱した生き方だ。真に自由自在な生き方、ひろやかにして、まぶしくも、厳しい孤独な世界。

 今の時代はなにかしら忙しい事が待ちかまえて、その波に乗らなかったら自分が損をしたように思ったりする。一日の暮らし方は色々あろうが、目先の忙しさで人生を全て消耗してしまうのは、貧しい生き方ではないのだろうかと思ったりもする。

 良寛さんの生き方は誰でも真似が出来るとは思わないが、一つの指標にはなろう。誤解を恐れずに言えば、本来、人生に目的などない。人生に意味など予定されてはいない。ほとけのいのちに生かされていることに目覚めてみれば、そのように言うしかない「いのちその日暮らし」と言ってよい豊かな今があるばかりだ。

仏弟子の生き方はまさに「その日暮らし」であると思うようになった。
 常ならぬ、一度きりの人生をどうのように生きたら後悔なく、充実して生きることができるか。自分の人生、命の使い方は本当にこれでいいのか。人生の一大事とは何なのか。人生の宝とは何なのか。どの道を選んでも生から死への一本道を歩くことには違いないが、その道程の歩みを支える力となるもの、生きてゆく命の糧となるものを求めるのも又人の命の定めであろうかと。

 私が本来歩むべき「仏弟子」の人生の一大事・面目とは、お金儲けではなかった。名誉や肩書でもなく、競争でもなかった。何かをつけ足すことはなく、主義主張でもなく、略奪でもなく、大言壮語でもなく、人を誑かすことでもなく、そして単なる自己満足でもない。また、それは死なない事でもなく、予定された何かをすることでもなく、やるべきことをしないことでもなく、あるがままとしか言いようのない、自己の命を今、此処に戴くことの難しさ。

 それは「今」に執着するのではなく、蜘蛛の糸のごとき「今」の世界へ身も心も投げ出す「大死一番」「進一歩」の世界の展望があるからに他ならない。常ならぬこの世を生きる、そのような極めて単純にして永遠に真実な生き方があるのではないか。
 無一物にして無尽蔵なる「いのちその日暮らし」。なにかを「あてに」して、貪りに生きることを已めた様子。教条や宗派、主義主張、名聞利養、徒党ぼけが見事に抜け落ちている良寛さまの「その日暮らし」の生き様。それはやはり「仏弟子」としての理想の姿であろう。
 人の世に落ちこぼれ仏弟子となり、お坊さんの世界を落ちこぼれて俳人になり、俳人にも落ちこぼれて「ただの人」になってしまった私。能登の田舎の小さなお寺で、妻帯し、四苦八苦しているが、私は今でもそのような良寛樣的な地平、放てば手に満つる世界を慕って生きていたいとは願っているのである。
「人生の終りに残るものは、われわれが集めたものではなく、われわれが与えたものだ」(ジュラール・シャンドリー)


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「遥かなる」
遥かなるものに呼ばれて鳥雲に
磯波の寄せては返す烏貝
獺の祀りし魚を売り歩く
北酒場羆も穴を出づるころ
遅き日を鶏の首絞めにゆく
夢いくつ失くしひろへる桜貝
雁供養瀕死の波がうち寄席せて
汚れたる猫のうろつく安吾の忌
魚は氷に上り鳶に攫はるる
頭陀袋壁に窶れし雨水かな



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「中」
甘酒も酸うなるころや良寛忌
かたかごの影と寄り添ふ五合庵
抽斗の中はでたらめ鳥帰る
恋猫が罰の如くに交るなり
筆箱の中は淋しき雪解かな
梅咲いて生まれ変はりし空のいろ
風呂敷の中は重たき春の雪
目刺焼く片腹痛き男かな
うすらひや肩を落として猫のゆく
春愁のコロナ太りとなりにけり



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