涅槃会のこころ

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涅槃図の月が最後に巻かれけり 玉宗

釈尊涅槃の日を慕ってお寺では涅槃会法要が営まれます。

僧堂では涅槃会接心を行っているところもあり、坐禅を以って報恩の誠を尽くします。一般のお寺では涅槃会法要を催し、涅槃団子を撒いたりして、お釈迦様の遺徳に思いを馳せ、お粗末な自己の生き方を新たにする機縁ともなりましょう。

仏教徒とはお釈迦様に生き方を習う人のことでもあります。手本とすべき人生の先達がいることを幸いとしたいものです。涅槃のころになると、お坊さん自身も又、おのれの存在価値といったものがあるのかないのかといったことを自問自答するようになります。遺教経というお釈迦様の遺言を読むたびにそのような心理状態に自然となるのです。

人間、生きている限り始末に悪いものではありますが、半端ものながらに今を限りのいのちを生きているには違いありません。半端であるとか、ないとか、つまらないとか、つまるとか。偉いとかえらくないとか。そのようなことはほとけのいのちをもてあそぶが如き、妄想です。仏道とは、よそ見をせず、涅槃のいのちを生きるということに目覚めた人生のことでもあります。私が私を生きる。私が仏を生きる。仏が私を生きる。仏が仏を生きる。涅槃が涅槃を生きる。生老病死を生老病死に任せていきる。それが仏道の本筋です。

法要の最後には涅槃図に描かれた動物を模した団子がまかれます。能登輪島だけに伝わる風習「涅槃団子まき・犬の子まき」があり、そんな涅槃会が終ると能登の地にもようやく春の訪れを感じるころとなります。

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※永福寺涅槃会のご案内 

日時・2月24日 (水曜日) 午前11時より
お釈迦さまのご命日にちなんでの涅槃会法要です。
今年は、コロナ感染対策のため涅槃団子(犬の子)はまかず参詣者の皆さまには袋に入れてお配りいたします。
同様の理由で御講飯台は用意しません。
マスク、消毒、空気清浄機等、感染対策をし法要を行ないますので、どうぞお誘い会わせの上お参りください。合掌。       
   令和3年2月吉日
                 鳳来山 永福寺 (鳳来堂)


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「とき」
堰落つる水の勢ひ魚は氷に
深爪に血の滲み出る涅槃かな
料峭の空に岩戸の軋みあり
名残り雪勝鬨橋を渡るとき
紅梅や雨後の雫を湛えつつ
春の雪切手を舐めてゐたるとき
土手を吹く風にも獺の祭りかな
不束な夢もいささか春めきぬ
目に余る二月の鼻毛抜きにけり
北窓を開ければ春の三日月が


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「孫の手」
食へさうな春の草でも摘んで来い
いぬふぐり日向恋しき日なりけり
いたいけな蕗の芽などを食ひたがり
見当たらぬ孫の手鳥は雲に入り
肩が凝り背中の痒き涅槃かな
料峭の昼餉にゆで玉子二つ
春めくと行つたり来り恋したり
猫柳日陰は寒い風が吹き
手のひらにのせてもみたき椿にて
ざわざわとまんさくの咲く裏の山

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