『拝啓、良寛さま』その103
「魂の故郷を持たない現代人」
都会では、宗教抜き(正確には宗派抜き・聖職者抜き)の葬儀が注目されるようになっているという。「直葬」に至っては葬儀と言う手間を通さず火葬に付し、散骨なり、納骨をして済ますものなのだろう。「無宗教」「無宗教葬儀」「お寺離れ」等に見られる精神的ベースには「孤立社会」「無縁社会」「ネオ貧困社会」等といった社会問題の翳が反映しており、それは東日本大震災以前からの現象なのであろう。
「形」は様々であるにしろ、それもまた死者を弔うという遺された者たちの心の反映であることを認めることに、改革派も現状維持派も異存ははないだろう。供養とか宗教心という言葉を使わなくても、古典的儀式を経なくても死者を「あの世」へ送ることはできるのだ、という社会的通念が浸透しているらしい。
そこには既存の宗教団体への不信もあるのだろう。その不信を裏付けているのは何だろうか。「宗教心」だろうか。「割安な葬儀」を求めるのはよいとしても、「割安な宗教心」などというものはあり得ない。「宗教」という言葉が「死語」になる時代が日本に来るのだろうか。金銭的価値観でしか物事を判断せざるを得なくなっている現代人の「無宗教ぶり」が窺われて哀れですらある。
お釈迦様は「葬儀」を生業とはしていなかったという指摘がある。世の中にはお坊さんと云えば「葬儀・死者・陰・忌」の領域を任せられた者という常識があるようだが、お釈迦様は生きて悩める者の為に法を説き、共に悩み、解決の道を歩んだのである。それは当に「生きる者の為」の寄り添いであっただろうし、煩悩に振り回されずに生きるための教え、実践であった。本来仏教はそちらの方に比重が置かれている筈だというものである。
その地平線上の話で云えば、「葬儀」もまた死者の為の行事というより遺された者達「遺族という生者」のためのものでもある。親族の「死」という事実から何を学んで生きて行かねばならないか、それをお坊さんは説かなければならないし、遺族も又、故人の「あの世」や遺族の「因果応報」ばかりを期待したり畏れたりせず、遺された自分たちがこの世に再び力を得て、生きてゆく為の教えと方便に耳を貸し、聖職者に問わなければなない。
それをすら必要とされなくなった時、「死者を送る儀礼」をお坊さんがしなければならないといった理由はどこにもない。
現代「宗教」「宗教者」という言葉には、聖域を自己弁護に利用し社会的事件を巻き起こした者たちが纏っていた異様な世界としてのイメージとともに、聖職や行者らしからぬ暮らしぶりが醸し出したやくざな世界のイメージがあるのだろう。
そのような世界に批判的になるのも社会の目である。弱きものが相寄って支え合うことはよい。私という孤独な存在に目覚めることが他者を受け入れる契機であり、社会生活を営むことの意義もある。「宗教」という言葉を使わなくてもいい。
しかし、その根本には、人間が一人で生きていけない存在であるととも、一人で生きて行かなければならない存在であることも、共に人生の真相であり、命の実相であることを忘れてはならない。社会が「無宗教」や「無宗教葬儀」でこの世を渡ることを聖職者といえども如何ともする事は出来ない。
然し、古き良きものを捨て去った後に、又違ったタブーが登場するとも限らない。それは「経済」とか「人権」の仮面を被って私たちの「孤独な心」を蝕むかもしれない。
永遠を失くし、魂の故郷を持たない現代人。いのちの深さを豊かにし味わうことを忘れたかのような現代人。
いづれにしても、人間はどうしてこんなに近視眼的になってしまったのか。時間と言うものを信用することが出来なくなった。それは神や仏を失くしたと錯覚している者達の右往左往にも見えて来る。
自己という絶対的に孤独な彼岸の向うにあるもの。「無宗教」ということに何の痛痒も感じなくなってしまったほどに、私達はそのような「大事な自己」をどこかに置き忘れて来てしまったようだ。
「楽屋裏」
てのひらにうけたる花のかろさかな
韜晦の身やまぼろしの山霞
連翹のぶちまけゐたる黄なりけり
筍飯有無を言はせず馳走せり
囀りやさながら空は楽屋裏
鈴生りと咲き満ち溢れ花馬酔木
割烹着の母は最強桃の花
月曜の空は新刊花海棠
雀来てぺんぺん草を抓み食ひ
咲き満ちてなほ落ち着かぬさくらかな
雲雀来て空を抉じ開けやうとする
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