『拝啓、良寛さま』その136

「こころ忘れて今を生きる」 能登の片田舎の寺に閑居している如き私であるが、暇とか多忙とか言われる際のこころの在り処を点検してみたい。 人間、暇があると魔が差すと言われるが、逆に暇なしというのもなんだか危うい感じが拭いきれない。「忙しい」という字は、心を亡くすと解釈するのが世の通例で、余り褒められた状態ではないもの…
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