ちょこまか動き五十年
筍飯喰うて世に出ることもなし 玉宗
『ためしてガッテン!』を何気なく見ていたら、
番組では、<運動の趣味がない方でも、会社までの歩きや階段の上り下りなど、日常で普段使っていない「ちょこまか動き」で、筋肉の刺激を積み重ねてAMPキナーゼを活性化させてみましょう!>と、結論付けている。
要するに、喰うただけのエネルギーを代謝させないからいろいろマズイことになるのだろう。なんでも溜め込むのはよろしくないということか。メタボ解消のために吾が五体へも布施の心で付き合ってゆくのが大事なんだね。
端居せる酒池肉林の埒外に 玉宗
ところで、インドかどこかで、70年以上物も食わず水も飲まず、排泄もしないで生きてきた仙人のような老人がいたとかで騒動になっているらしい。人間もここまでいけば宇宙的神秘である。どうでもいいけど、あれって、エントロピーの法則に反するんじゃなかろうか?
(仙人だって霞を食うというのに!達磨大師さんだって面壁九年である。しかし達磨さんのあの体型はどう贔屓目に見ても、何も食べていなかったとは言えないが・・・)
件の老人はこれまでどのような経歴で過ごしてきたのだろうか?形而下的にも形而上的にも何か生産的な仕事をして来たのだろうか?何もせず、ただ坐っていたのだろうか?だったら、もっと前に注目されていてもよさそうなものだが。山奥に隠れ住んでいたのだろうか?
人間離れした在り様に驚かされるのはよくあることだが、痴呆老人の虚言であるとしたら、なんかちょっと切ないものがある。
破戒せしごとく薄暑の茶漬け飯 玉宗
それでもどこかに羨むこころが私にはある。「ちょこまか動き3分×10回」よりも余程エコではないか!
もしかしたら、物に飽食し、文明の飽和状態にある現代人へ、この老人は無言の警告を発しているのかもしれない。
<ちょこまか動き回り二酸化炭素を排出し続け、地球の生態系や自然を回復不可能にしてしまった人間よ。神よりも悪魔の領域に近い人間よ。何かすることが何もしないことより高尚であると錯覚している人間よ。私を笑うことは簡単だが、地球上に人類の墓穴を掘らぬように心したまへ。>
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