拝啓、良寛さま・その5
名も知らぬ草とて紅葉したまへり 玉宗
拝啓、良寛さま。
能登も漸く秋めいて参りました。雲や風に、そして人とし思うことにも秋意が漂う今日この頃です。
良寛さまが亡くなられた折には村人が列をなして葬儀に並んだと伝えられています。
生前から多くの村人に親しまれた良寛さま。情報化時代の現在、在家出家に関わらず良寛和尚の名や逸話を知らない人は少なくありません。然し、あなたの、その実相は恐らく年代が降るに随って神話化・偶像化されていくのでしょう。
ひたすらに、お釈迦さまと道元さまの生き方へ繋がろうとしていたあなたの道心を知る者は少なくなるのかもしれません。というより、あなたのように生きることが不可能になるのかもしれません。あなたはあの時代にあってこそ、良寛そのものであったればこそ、あのように生きることが出来たと言ってもいいでしょう。
明日から総持寺祖院では毎年恒例の御開山御征忌法要が四日間に亙って執り行われます。
全国から多くの宗門寺院のお坊さんたちが上山されます。毎年のことながら、その勢いに圧倒される思いです。七百年以上も前に亡くなられた方のために今もなお報恩供養の志をお勤めをしておられることに驚嘆と不思議な感に捉われます。
千変万化して止まない、常ならない世相の中で、十年一日どころか千年一日の如きお坊さんの生き様。無常を生きることだけが永遠へ繋がる唯一の扉でもあるかのように。
「遠くなるものほど観念的になる」、というようなことを言った先人がいました。人間は観念だけでは安住できるものではありません。こころざしある者たちの永遠の扉を開けんとする復古運動はいつの時代にもあったことでしょう。源が遠ければ遠いほど亜流もまた増え、帰趨本能が働くのかもしれません。
私は亜流の亜流、浮草のようなお坊さんです。
よくぞ今日までお坊さんとして生かさせてもらって来たものだ、と思わないではありません。お坊さんとしての失敗も挫折も後悔も絶望もありました。お坊さんとしての夢も希望も勝縁もありました。
私の生きてきたことの総量の果てに今があります。そして今、私は一人、お寺に坐っているばかりです。仏様と数十件の檀家に護られての、十年一日の、その日暮らし。私の僧としての力量も凡そ見えていますが、死んでゆくときに、お坊さんであってよかったと思えるようにもう少し頑張ってみようと思います。
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