住職になるということ
山法師空が賑はひ始めけり 玉宗
昨日は組寺の晋山式があり随喜した。
私と同年代だった先代が若くして亡くなり、遺された息子は得度を済ませてはいたがまだ学校に通っていたのである。その後、本寺や組寺の補佐を受けながら大学も卒業し、法戦式も済ませ、僧堂へも半年ではあるが安居する事も出来た。今日まで母親を始めとする家族は勿論の事、檀家さんの理解、法助があったればこそ迎えることができた日であったと言ってよい。勿論、本人の努力、精進は言うまでもないことではある。内外の機縁がなければ何事も成就しなかっただろう。
それにつけても法要に随喜して実感したのは、住職になるということは檀信徒と共に仏道を歩むことに他ならないということだ。市内では稀に見る盛大な法要、参拝者も多く、随喜寺院も内容的にも立派な法要であった。晋山式に併せて檀信徒からの寄進で内外の整備もしたようである。親が無くても子は育つとは言うが、師匠なき後、後継者への夢を託して檀信徒が護持してきた姿を私は目の当たりにしている。
晋山上堂で新命和尚はいみじくも次のような問答をしていた。
「住職になったこれからの意気込みをお示しください」
「今、この須彌壇上に登ってみますと、お参りしてくださっている檀家さんたちの心配そうな顔がよく見渡せます。これからは少しでもその不安を解消し、皆さんに安心してお参りして頂けるような住職になります」
衒いのない、正直な返答に思わず感心もし、そしてこれまでの本人や寺族、檀家の苦労を思い合わされこみ上げてくるものがあった。住職になるということは檀信徒と共に仏道を歩むことに他ならない。又は、檀信徒の力を借りて仏道を歩まさせてもらうというのが住職の実際なのである。
仏道は言うまでもなく、仏の道であり、人の道であり、そして道の道である。道が人をつくり、道が仏をつくり、道が道をつくる。住職が檀信徒を育て、檀信徒が住職を育てる。これもまた偽りのない娑婆世界の実際である。誰ひとりとして生まれながらにして全き人格者であろう筈もない。人は人として生まれてきたのではない。人は人になるために生れてきたのであるというのが私の見解だ。もっと云えば人は仏になるために生れてきたとも言えようし、仏は仏になるために生れてきたとも言い得るのだ。
自己は自己になるために生れてきたという一大事因縁。その自己とは私が思い込み、拘り、しがみつくことができるほど卑小なものではないという事実がある。まして、人天の導師たるお坊さんになり、住職になるということは並大抵ではない一期一会の因縁の中での事業なのである。
自未得度先度他とは、常に様々な因縁の中でことが運び、成就しているという実相を表現している言葉だと私は捉えている。自分が未だ渡る先に他者を先ず渡す。仏道とは衆生と共にあるのが本義であることからしても、それは当然のことである。自惚れてはならないのは、歩むべき道を知らず、指し示すことが出来なくて渡す渡さぬもないということ。そして「「度」とは決してひとりのものではないということだ。「未」も「先」も「後先」を言っているのではない。「既」にして「無」なる「今」の様子を指し示している。諸行無常の今とはこのようにして手に入れるのだということだ。その正見を失くしたとき、住職もまた唯の裸の王様、或いははた迷惑なオッチョコチョイに成り下がってしまうだろう。
仏縁あって同じ教区寺院として助け合っていかねばならない間柄である新命和尚。彼の不退転の精進を祈るばかりである。
「憂国」
若葉して風を宥めてゐたりけり
逝く春へ瀕死の波が打ち寄する
甘くない人の世独活を好みけり
掃き寄せて肉の重さや落椿
海峡は鰊曇りや捨て番屋
羊歯萌ゆる谷間に来て豹変す
蕨採つてゐる場合ではなからうに
憂国がお杓子を見て過ごす
谷を出て一気に代田吹く風に
蜃気楼昼は情夫となり下がり
筍飯有無を言はせず喰はせけり
亀の声聞くほどの耳あるにはある
「端午」
雨を呼ぶ風の匂へる菖蒲かな
着飾りて眠るばかりぞ初節句
軒菖蒲泣き出しさうな山の雲
けふ端午傷舐めて雲追ひかけて
菖蒲湯や宵の内ゆく人の声
野遊びの背後に空の絶壁が
もののふの気負ひをここに飾りけり
風孕み空に滝なす幟かな
雲雀野や楽譜のごとき空があり
汐まねき鬼を探しにゆくところ
熊ん蜂軽くなつたり重くなつたり
満を持し開き初めたる牡丹かな
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