俳諧ひとりごと

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釣舟草月の港を出づるべく 玉宗


ふり返れば小さいころから、人と遊ぶより、自然の中でひとり遊びをしているのような人間だった。
今でも大差のない日常である。つまらないくなったりすると、妻に愚痴を言ったりするのが関の山で、その上げ句に俳句を作っている様なところもある。

俳句大会と名のつくものにも以前から数えるほどしか出たことがない。毎年開催される結社の大会にもご無沙汰が続いている。俳句もそうだが、遊びにお金をかけたくないというケチな思いがあり、酒煙草、賭け事にお金をかける奴の心が知れない。俳句に関しては、同人費も特別扱いで減額や免除してもらったりしている始末。結社の好意に甘えて久しい。俳句総合誌とやらも絶えて買い求めたことがない。われながら何様だと思わないではない。

私の俳句はお坊さんらしからぬところが大いにあるらしく、生臭坊主と陰口を叩かれているのかもしれない。いづれにしても作品として甘くては話しにならないことは言うまでもないし、ケチな俳句になっては元も子もない。本業であるお坊さんの世界もまたそうであるように、表現の世界もまた厳しいものである。もうひとりの客観的な自分を育てることがどうしても欠かせない領域である。その点に関しては自分を甘やかさないようにはしているつもりである。

俳句をし始めて30年ほど。本格的になったのは平成7年に角川俳句賞を戴いて以来。私にとって角川俳句賞受賞から現在までの歩みとは、俳句のなんたるか、俳人のなんたるかを学ぶ月日でもあった。今もそうであり、そしてこれからもそうであろうと思っている。

私の中では仏弟子でありながら俳人であることに何の後ろめたさもない。私の仏弟子としての生き様と、俳人としての生き様とは市堀玉宗という人間の裏であり、表であり、且つ、裏でも表でもなく、一つのものであるとしか言いようのない何ものかである。

生きるとはついに一つの表現であるという開き直りがある。

「俳」とは定型詩に生きる世捨て人の覚悟の謂いであると思っている。自己の内外に巣くう月並み根性に光を当て、影を追う。徒食の類にも五分の魂があるということだ。不易と流行。人に認められように認められまいが、それは大した問題ではないとたかを括っているようなところもある。類句類相の有為の奥山をいつかは越えたいと思って毎日息をするように句を吐き出しているともいえる。それだけのことだ。俳人を先生と呼ぶつもりもない。呼ばれたくもない。

仏道もそうであるように、俳句もまた背負うものが少ないに越したことはない。俳句という大衆文学の後塵に連なってはいるが、俳壇という大衆ぼけに甘んじるつもりはない。好き勝手に、一人に徹し、腸の句を引っ提げて生きて、そして死んでやろうと思っているようなところもある。

こんな塩梅なので、誰からも相手にされなくなる日もそう遠くないであろうと思っている次第。


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「かろさ」

コスモスへ色なき風のかろさかな

花茗荷ぬるりと白き舌を垂れ

山里の陰り易さよ小豆稲架

朝に夕に露と濡れたる秋茄子

晩年を風と寄り添ふ破蓮

そこらじゅう光りぶちまけ女郎花

便りなく紅葉且つ散る故山かな

力尽き落葉と流れ下り鮎

稲扱くや日暮れ間近の空冷えて

稲雀貧しき頃のすさびあり


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