永福寺涅槃会終了
涅槃吹く世や軋み泣くあすなろう 玉宗
永福寺涅槃会法要も例年以上に盛り上がり終了。
弟子は今回、先年に住持職を譲られて初めての涅槃会法要の導師を勤めた。まあ、師匠が言うのもなんだが、進退に関しては私よりは様になっているのが苦々しくもある。しかし、説教はイマイチ。若いな。まあ、しょうがないと言えば、しょうがないのだけれども。参詣者の方々もその辺は察しているものだ。なにごとも経験を積むことが大事であることは言うまでもないのだが、その積むことに当たっては、いつも本番であるという姿勢と共に、背伸びをせず、誠実に言葉を尽くすことを心掛けねばならんだろうね。僧堂で坐禅ばかりしているのとは勝手が違い、お寺の住職となるということは、他者の目にいやがうえにも晒されている。自己満足では済まされない難しさが控えている。
それにしても徒や僧堂安居八年目に入ろうとしている雲水ではない。肝が据わっていると言えば坐っている。ベタなりにも臆することなく突き進んでいくのだから大したものだ。檀信徒の皆さんの評判も悪くはない。まずまずの合格点だろうね。
今回は若い尼僧さんも一人随喜してくださった。
倅が先年、海外研鑽生として渡米した折に知り合った参禅者の方が得度をして、専門尼僧堂で修行することになった。縁あって、永福寺に立ち寄ってくださって、涅槃会に随喜してくれた。紹介したそのういういしい姿に参詣者の皆さんから感嘆の声と拍手が起こったことである。
春は旅立ちの季節でもある。何時と知れないながらも生老病死それぞれの今がある。そして、それぞれが今という旅立ちの様子そのもの。いつも初心に立ち返り、初心の中の弁道であるからこそ救われているお互いであることを肝にも、心にも、身にも、生老病死にも銘じて生きて行きたいものではあるね。合掌。
「影法師」
茶箪笥の中に日あたる茂吉の忌
東風吹くと翁の立てる礁あり
鶯餅喰ふにはデカい口なりし
芹摘や水田を少しかき混ぜて
雛飾る妻が流浪の顔をせり
菱餅の反りも淋しき夫婦かな
雛あられ甘くほのかになくなりぬ
駆け出してやがて翔ち去る雉子かな
風船が逃げ行く空に吸ひ込まれ
ぶらんこにわが影法師いまもなほ

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