『拝啓、良寛さま』その6

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「大乗寺僧堂へ」


大乗寺に板橋禅師が晋山されたのは私がまだ瑞応寺で修行の真っ最中の時であった。
その頃、大乗寺は専門僧堂としての看板を降ろして閉単状態であった。禅師さまがそれを放って置く筈もなく、間もなく宗門より正式な認可を得て再単の運びとなった。なったのはよかったが、修行する者が少なく、枯れ木も山のにぎわいと私を含め有象無象の一風変わった雲水が呼び寄せられたり、或いは自ら選択して大乗寺に集まってきた。

私はまだ二十代の雲水。修行の右も左もわからない小僧ではあったが、やる気というか、変な言い方だが、修行に対する血気だけはそれなりに持ち合わせていた。お坊さんで生きて行くんだという覚悟、後には引けない人生の選択をしたんだという誇り?というか、己惚れのようなものだったのだろう。そのような勇み足というか、焦りというか、おっちょこちょいさが師匠である禅師さまを困らせたことは再三ではなかった。

先に安居した四国の瑞応寺の作法やお袈裟の掛け方の違いに拘ったり、応量器での食事の作法の違いに臍を曲げたり、酒も呑まず、煙草も吸わず、片町へ遊びに行くこともなく、その辺もまた融通の利かない人間であった。何かに拘ってしまっていたのである。周りの者との協調、和合など眼中になく、わが道を行くなどと嘯いては陰で自分のへそ曲がりに手を焼き、持て余していたのが真相であった。それでも禅師さまが私を怒ることは一度もなかった。住職が師匠であるというをよいことに甘えていたとも言えなくはないのだが、恥ずかしくない弟子にならなければという負担のようなものを勝手に持ち歩いていたことも事実である。

そういえば、頼まれもしないのに勝手に躑躅を剪定し無残な姿にしてしまったこともある。後日、金沢市内に住まわれる何某というお方が師匠に面会し、あれはいったいどうしたことなのでしょうかと泣きつかれたことがあったそうだ。禅師さまが半分笑いながらそのことを私に打ち明けたのは私が住職になってからであった。禅師さまにはそういう深い思いやりがおありになる。人情の機微や心理に通じていることといったら、不思議でならないほどである。すべてお見通し。あのころもそんな感じであったし、今もそうである。

いろいろあったが大乗寺での修行時代は私の仏弟子としても人間としても青春の真っ只中であり、今でも思い出すと懐かしさが無性に湧いてくる。加賀大乗寺僧堂といえば「規矩大乗」と宗門内では昔から知られていたらしい。いたらしい、というのは当時の私には正直なところピンとこなかったからである。お経に「自ら規矩を律することなかれ」というのがあるが、私はどうもそれと真反対のことをしていたようだ。修行に於いても我を通そうとしていたのである。お話にならなかった。結果、暗中模索というより自分から暗中へ飛び込んでいった節がある。

大乗寺はその頃から、在家の参禅者が多かった。参禅者というのが当時の私には胡散臭かった。自分は出家した身である、あなた達とはちがうのだ、というところか。なんという傲慢。なんというお馬鹿さん。果てには参禅者の一人に手を上げてしまうということになる。さすがに、師匠である板橋禅師も参禅者(禅師さまは参禅者に敬意をもたれ、大切に遇しておられる。こころざしの真実に、出家、在家の云々かんぬんはないのである。)に手をあげた私を見過ごされなかった。叱責はされなかったが、ひとこと「しばらく、余所で修行してきてくれないか。」何処へ行けとも、言われなかった。
 
私は修行のあり方に行き詰っていることを承知していたので、出てゆくことに躊躇はなかった。禅師さまと私の間で、「出て行きなさい」「はい」ということがこの後三度繰り返されることになる。その都度、ふらりと戻ってきては又似たような仕儀となる。これがその最初である。この時は兄弟子である山梨のお寺を訪ねることにした。三カ月ばかりそこで徒食したが、修行の埒が明かないので、「内山興正老師」を訪ねたるつもりで京都へ向かった。夏の盛りを行脚姿で宇治木幡の庵を探しあるいた。(つづく)





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「ぺたり」
噛むほどに悔しきうるめ鰯かな
蕎麦湯啜り能登のしぐれに別れけり
これはもう初凩じやなかろうか
本殿の裏へ廻れば神無月
フロントにぺたりといてふ落葉かな
落葉踏み何を探しにゆくでもなく
綿虫こいこいお空が暮れてしまはぬうちに
素面では行けぬ人の世山眠る
親を探して夢にまで見し枯野かな
路地照らす夜の縄跳影を踏み




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「なかりけり」
冬籠りするよりほかになかりけり
行きずりのだれかれ遠し冬薔薇
口数の少なくなりぬ山眠る
つべこべと妻の小言や冬めきぬ
時雨れしぐれて酒の友とてなかりけり
糟糠の来し方行方木の葉髪
木枯しや空の破れてゐたるかと
落葉掃くほかに用事もなかりけり
暮れてゆく鐘の音にも冬安居
とつぷりと日の暮れ冬菜洗ふ間に
而して二人の障子明かりかな
桃青忌俳諧栓もなかりけり

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