『拝啓、良寛さま』その179

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「東日本大震災にあたって俳人はどうあるべきか?」

「栴檀」6月号の辻恵美子主宰巻頭言「樹下随感」は以下のようなものであった。

〈東日本大震災に思う 辻 恵美子

2011年3月11日、午後二時四十六分。この刻を日本は、そして世界も決してわすれることはないであろう。マグニチュード9の国内最大の地震、その後の十五メートルにも達する津波で東日本は壊滅状態。まさに地獄図の様相を呈した。その後追い打ちをかけるように原発による放射能、風評と東日本の人達の背負う四重苦は計り知れない。こんな時俳句で何ができるか、俳人はどうあるべきかを考えると、その無力さを痛感せざるを得ない。俳句に直接的効力があろうはずもないし、それは音楽も美術もその他の芸術が皆そうであろう。俳句が恐怖の中、生死をさ迷った人の心を和らげ慰めるなどおこがましい事に思っていた。しかし、かつて阪神淡路大震災で九死に一生を得られた俳人友岡子郷氏が次のように書いておられた。

「私が被災した時、外部の人たちの震災を詠んだ多くの人らの歌や句を目にした。おおかたはテレビ映像の模写か、それを大仰な言い回しにしたものだった。そんなものが何になる。むしろ被災者の心を傷つける。そうではなく、人の心を気づかうような作品にはそぞろ慰められた。」(『俳壇』2011.5)
 また、神戸税関に勤務していて被災された俳人戸恒春人氏の言葉に次のようにあった。
「半月ほど経ってから本関の時計塔に『示せ闘魂めざせ復興』という巨大な垂れ幕を吊るした。あれに勇気づけられたと言って来た方が多かった。」(『俳句』2011.5)

俳句にしろ、垂れ幕の檄にしろ、言葉である。言葉は肉体としての命に直接寄与するものではないが、疲弊した心に訴えることは出来る。言葉は心であり祈りである。一人一人の祈りの集積が、被災した方々を慰め励まし、更には、明日への希望と勇気を呼び起こすことに繋がるだろう。寄り添う心と連帯を送り続けることである。よって俳人が、被災者を慰め励ます俳句を作ることは意味がある。それがたとえ被災地の人の眼に直接触れることがなかったとしても、祈りを込めた俳句は、何か力を持つはずだと信じている。〉


辻主宰の語らんとするところも解らないではない。東日本大地震に際し各方面の方々がそれぞれの立場で復興支援の在り方を模索している。直接的な被災者でなくとも様々なアプローチがあって然るべきであろう。俳人として何が出来るか、俳句に何が可能かと考えるのは人情的にも自然な思いである。

一方、当事者である被災者の中にも言葉を以って心の再生の可能性を追求している方々がいる。被災以前から、そして被災以後も短歌、俳句の定型や詩篇を発表し続けている。それはすべて被災の現場からの被災者としての目線であり、心模様であり、表現である。私はここに短詩形の一つの可能性を見る思いがしている。短詩形に於ける社会性というような理念先行ではなく、被災者として今、ここを生きている表現者の真心が確かに伝わってくる。癒しだけでは済まされない、詩の表現者としての批評眼がここにはある。テレビ俳句や連想俳句では成し得ない、生きている現場の、命の輝き、言葉の輝きに勝る共鳴はないと思いたい。
 
俳人として被災者の為に何が出来るか?それは俳句がどこまで被災者に寄り添うことが出来るかという問題であり、なんでもない時の季語や素材に代わって「被災」という俳句共鳴の「場」があるということでもある。その「現場」でどこまで対象と一体となり、或いは切り込み、把握し、切り離し、昇華できるかが求められている。俳諧という遊びにも表現者としての真剣さが求められているのは言うまでもないことだ。


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「途方」
空深く海遥か夏燕かな
空蝉の吹かれやすさよ是非もなし
立葵これより続く田舎道
轢かれたる蛇の死骸を見て過ぎる
初茄子のはち切れむとす濃紫
米櫃を覗く六月晦日前
貰ひ過ぎて途方に暮るゝ実梅かな
畦の上に放り投げたる二番草
半夏生草病癒えたる人とゐて
抜きん出て花とひらきし擬宝珠かな

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