風鈴

鶏頭の凡その数としてありぬ 玉宗 板橋禅師が仏教の慈悲について書かれていた文章を思い出している。 <仏教の慈悲とは「無心」であることです。無心とは「風鈴」のような心境になることなのです。風鈴は風が吹くとチリンと鳴ります。風が強く吹くとジリンジリンと激しく鳴り、弱く吹くとチリンチリンとかすかに鳴り響く。あるいは何事…
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仏教と俳句

白秋や草薙ぐ風の捌きにも 玉宗 「仏教」を「教養」「迷信」として済ますことになって顧みない輩がいる。俳句も又、「教養俳句」としてお目出度い世界の上塗りをする。お目出度いことを悪いとは言わない。それは善悪を越えている現象であり、本質的な問題ではないということだ。このような弁明は私個人の極めて独善的な領域の話で分かりにくい…
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今日の以心伝心・宗教とは?!

あさなさな槿ちるちるくしやくしやに 玉宗  道元禅師の言葉に「自らを知らむと求むるは生きるもののさだまれるならひなり」とあり、私はこれこそが「宗教心」だと思っている。 そのような内なる声に耳を塞いではいないか。聞こえないふりをしてはいないか。見て見ないふりをしていないか。というような自問自答があり、俳句という表現形式…
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お盆とマスク

三界へ窓開け放ち施餓鬼寺 玉宗 今日は興禅寺の施食会である。 コロナ蔓延阻止対策ということで倅と二人で法要を執行する。教区寺院や總持寺祖院からの法助を遠慮した。密になるほど参詣者が多い訳ではない。というか実際のところはお参りの人数が少なくて、多くのお坊さんに来ていただくことに申し訳なさがある。家族葬ではないが自坊だけの者…
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今日から八月

八朔や草薙の風いづこより 玉宗 今日から八月。 北陸の梅雨もやっとこさ明けそうである。暑くて短い夏本番がくるのかな。というか、暦的には立秋も近い。八月はお盆ということもあり、死者生者の交感の日々でもあり、なんか慌ただしく影絵のように過ぎてゆく印象がある。そういう意味でも紛れもない煩悩の日々、生き死にの生々しさ、悲喜劇が感…
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「空」なるもの

鬱憤の極まりて赤唐辛子 玉宗 「空」とはつまりものの実体に関する定義である。ものの実体とは何か?現実とは実体とどのくらい懸け離れているのか、いないのか。懸け離れるとはどういうことか。それそのもので満足しない私の我見や妄想がある。我見の世界を実体とするには余りにも憚れる現実の行き詰まりや齟齬がある。何かがずれている。そのもの…
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生死に貪らない

艶めきて妙に元気な茄子かな 玉宗 能登では旧盆である。八月に入ると教区寺院が山門施食会を営み、中旬には棚経参りが始まる。今のところ能登にはコロナ感染者がいないということもあってか、予断は許さないが、蔓延防止策を施して法要も棚経も例年通りに行う予定である。東京ではどちらも中止になったと聞いている。 さて、宗門ではお盆に…
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俳句の可能性・ほとんど呟き的な覚書

朝な朝な槿散る散る反古なして 玉宗 わたしにとって俳句は道楽。徒なる遊びごとに命懸けになる輩も少なくないのが人の世でもある。つまり、人生そのものが遊びのやうにものなのかもしれないね。ホモルーデンス、っていうのかな。遊ぶにもそれなりの覚悟がいるだろう。子供は無心に遊ぶ。大人は遊びの醍醐味をさえ分別したがる。 そ…
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不要不急の患者、その後・・年寄りの冷水的な?!

紫陽花や目覚めの悪き夢心地 玉宗  先日、胸部の痛みに不安が拭えず、夜間外来に駆け込んだ顛末については、ひとまずあんな感じで、週明けの昨日、夫人に尻を叩かれた訳でもないのだが、勇気を奮って一人で輪島の総合病院を受診した。朝一番で入ったのだが、すでに週明けを待ちかねていた人たちが受付に並んでいた。 夫人に言われたよ…
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不要不急の患者?!

まだ食へぬ青さのトマトなりにけり 玉宗  半月ほど前から胸部の真ん中あたりに痛みが走っていた。寝返りをしたり、体勢を変えたりすると痛いことは痛かった。圧迫感もなく呼吸が苦しいということもない。どちらかと言えば右腋をしたにして寝る方が楽だった。仰向けや左腋を下にするとどうも少し息苦しいと言うか、痛みを抱え込んでい…
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観音堂の猫

猫の子のまなこ波々してゐたる 玉宗  コロナ終息を祈願して始めた大般若経理趣分真読祈祷も三か月に掛ろうとしている。毎朝最後の勤行は観音堂で終わるのであるが、禅師様が逝去されたのが七月五日。九日に荼毘式。思えばその次の日から観音堂の正面階段の一番上に見たこともない猫が寝そべっていた。 禅師様の御誕生寺ほどではないが永福…
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能登への思い

もう海は誰のものでもなき晩夏 玉宗 大本山總持寺貫首を退董された板橋興宗禅師は明治の本山移転に際して設けられた「引退後は能登の總持寺に隠居すべし」という条項を守り、実に渡邊 玄宗禅師以来絶えて守られてこなかった約束を自ら実践なされて總持寺祖院住持としてひと時錫を留めた。 能登への思い入れはいつも聞かされていた。御…
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こころとかたちを伝える

白南風や葬式祭りくるころの 玉宗 輪島市門前町には7月17日、18日にかけて總持寺祖院と深い関わりのある夏祭りがある。 地元では「ごうらい祭り」と呼ばれている。神仏混合の名残を今に伝える「神迎え」の儀式と言っていいのだろう。その神とは總持寺の守護神、産土神でもあったことから年に一度境内に招き入れ一夜を宿りする。「ごうらい…
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ある篤信家の夫婦

きちかうや二人し生きてきた朝の 玉宗 その夫婦は私が興禅寺に入る前からの出会いになる。 私がまだ、總持寺祖院に雲水として安居していたころ、典座寮で朝粥の洗い物をしていると、窓の下を夫婦と思われる二人が毎朝同じ時刻に通っていくのが見えた。境内が近道にでもなっているのであろうことは察しがついていたが、それが町のバス停留所へつ…
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一匹狼的お坊さん?!

仏弟子の寝言歯ぎしり青葉木菟 玉宗 今回の板橋禅師さまの荼毘式に参列しての感想である。「お坊さんの自立」といったことについて改めて思い知らされた。 どの道でもそうであろうが、初心の弁道では一人でいることを慎まなければならないというのが実際である。独善は天才でも道を誤る可能性が高い。自律と共に他律が仏道の歩みを運ば…
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荼毘式を終えて

緑陰に大きく坐る石仏 玉宗 板橋興宗禅師の荼毘式が滞りなく執り行われた。 当日は横浜鶴見より大本山總持寺貫首江川辰三猊下が巡錫され法要を御親修された。コロナ対策ということで一般者の参拝を自粛要請したのだが、当日は本堂正面に遺影を飾り、焼香台を用意していた。僧侶の数も制限。禅師様のお弟子は全国に散らばって百人以上は…
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師匠の荼毘式へ

緑陰に大きく坐る石仏 玉宗 大本山總持寺独住二十三世 御誕生寺二世中興 閑月即眞禅師雲海興宗大和尚が令和二年七月五日逝去された。 四月以来からの入院、そして退院されて二週間ほどで亡くなられたのであるが、コロナ社会への対応もあり限られた方々だけに知らされていた。お見舞いも自粛を要請していたのであ…
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「人生のはざまで」

死にながら生きたる人の涼しさよ 玉宗  大乗寺に板橋禅師が晋山されたのは私がまだ瑞応寺で修行の真っ最中の時であった。その頃、大乗寺は専門僧堂としての看板を降ろして閉単状態であった。禅師さまがそれを放って置く筈もなく、間もなく宗門より正式な認可を得て再単の運びとなった   なったのはよかったが、修行する者が少なく、枯れ木も…
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インプラントってどうよ?!

歯を抜きしそぞろに風の薫るなり 玉宗 夫人も私も甘いものが大好きである。 敢えて言えば、夫人の方に軍配が上がるだろう。彼女は精進料理よりお菓子作りが得意で、作る方もなんだが食べる方も総合的に判断して私より多く食べているのではないのかと常々思ってきた。それはいいのだが、私より余程丁寧に、こまめに歯磨きをしているように見えた…
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不要不急の生き方?!

夏萩や会ふも別れも手をにぎり 玉宗 令和二年も半年を過ぎた。 コロナウイルスという疫病が世界中に蔓延し、その終息の兆しがあるのかないのか。わたくしのような者には分かりかねると言うのが正直なところ。思えば、人類の歴史とは疫病の闘い、克服への試行錯誤の歴史でもあっただろうか。優れた科学者や医学者や疫学者の努力と功績、そして多…
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一生不離叢林

雲の心水の心や安居なる 玉宗 大本山總持寺貫首を務められ、引退後は能登總持寺祖院に隠棲された故・渡辺玄宗禅師は、板橋興宗禅師の得度のお師匠様に当たられる。渡辺禅師が總持寺の住持位に就かれた時は、第二次世界大戦も戦局末期であり、戦中戦後の物資欠乏の時代である。戦後の本山復興の寺務経営の御功績、そして宗乗の行解相応は宗門内では…
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顏で人を判断する?!再考

見上げたる空の眩しさ沙羅の花 玉宗 私と夫人は見合い結婚である。 知人から紹介された写真を見て先ず感じたのは「古風な顔やな・・」である。着物姿でしとやかさを気取ってはいるが、「おてんば娘に違いない」とも察したものだ。いずれにしても「俺にはない感性を持っていそうだな」と興味が湧いたのを今でも覚えている。一緒になって三十五年…
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幻の紫陽花寺?!

紫陽花に埋もれさうなる山の寺 玉宗 以前にもUPした内容なのだが、この時期になるとどうしても思い出してしまう。 平成三年に入寺した頃の興禅寺は殆ど無住状態に等しく、檀家がお寺の鍵を預かり、葬儀や町の選挙や寄り合いがあった時などに集会場みたいな使われ方をしていた。勿論、会場費を貰っていた。それにしては内外の管理がお…
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般若の道

一つづつひらくあかるさ金糸梅 玉宗 5月1日から始めた朝のお勤めでの「大般若波羅蜜多経理趣分真読祈祷」も五十日を過ぎた。 「理趣分」には「般若波羅蜜多」の真理が様々な角度から何度も繰り返し説き示されて、あたかも私の煩悩や妄想の根深さというものを教えているもののようでもある。それは悉く「全否定」のかたちで提示されたり、或い…
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今日の以心伝心「ある中陰のお参りからの雑感」

蹼も羽根も尻尾もなき暑さ 玉宗 檀家さんではないのだが、日頃から菩提寺をそっちのけでわが興禅寺や永福寺のお参りを欠かさないある信者さんがいる。自分で言うのもなんだが、市堀個人に帰依しているというのが本人の言である。もうすぐ米寿にならんとするその男性から「先日亡くなった知人の中陰のお経をあげてください」と依頼があった。詳…
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「随筆集・続藪医者の履歴書」のこと

『ブックカバーチャレンジ十冊目』 ブックカバーチャレンジの趣旨から大いに逸脱して余りある次第であるが、今回紹介するのは、恐らく世に殆ど知られてはいないであろう大和一成著「随筆集・続藪医者の履歴書」である。 大和先生は總持寺祖院の総代でもあり、祖院の雲水さんたちの健康診断を長らく検診して戴いている。地元の名士でもあり個人的…
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「生と死の絆」直葬・家族葬についての雑感

この辺り一揆の裔ぞ立葵 玉宗   「直葬」や「家族葬」が「無縁社会」の需要に応えていることを否定するつもりはない。経済的事情を優先し、人間関係の希薄化を顧みない社会の風潮の現実から学ぶことが少なからずあるだろうから。ただ、人生を生き抜く「絆」の様相が変わってしまっていることに、ある種の違和感を抱かざるを得ない。家族、地域…
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「間合い社会」の真相

やがて死ぬ旅の途中の夕焼けかな 玉宗 コロナウイルス蔓延防止の手立てとして「ソーシャルディスタンス」という横文字が目にも耳にも入ってくるようになった。 人は本来的に「間」がなければ存在自体が危ぶまれる動物なんだろう。「淡交」という言葉があるが、淡きこと空気の如くにして、貪らずあきらめず。忘れず拘らず。そんな不即不離の離れ…
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澤木欣一献句坐禅句碑のこと

雉鳴いて坐禅始まる大寺かな 欣一 『季節のアルバム』 もうかれこれ二十年前になる。「雉鳴いて坐禅始まる大寺かな 欣一」なる句碑を大本山總持寺祖院境内に建立した。 句碑建立にあたっては「建立委員会」なるものを立ち上げたが実質は当時祖院に出仕していたことをいいことに、内外に根回しして私がしでかしたことである。この句はこ…
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賞に権威はいらない?!

「ブックカバーチャレンジ九冊目」 同人誌『件』 井上康明、榎本好宏、櫂未知子、黒田杏子、高野ムツオ、西村和子、仁平勝、橋本榮治、星野高士、細谷喨々、山下知津子、横澤放川の錚々たる各氏が立ち上げた同人誌『件』№35が届いた。年二回発行であることからして、もう結構な年数が経っているんだね。編集長の橋本氏の誼からか、発行当初か…
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今日の言いたい放題「頭のいい、悪いって、どうよ?!」

愛よりも少し大事な薔薇もらふ 玉宗 バカの一つ覚えとは言ったもので、のべつまくなし「仏道」の無上甚深なることを述べて来て、いつの間にか「仏道」が他のどんな「道・生き方」よりも優れているかのように錯覚し、謙虚さを欠き、慢心の中で蠢いていたのではないかと反省すること頻り。世の中には様々な才能を活かして「道」を歩んでいる人がいる…
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『季節のアルバム』

今から十年前になる。能登半島地震復興記念NHK和倉温泉俳句大会?なるものがあって、不肖私も数回選者や講演を引き受けたことがあった。高野ムツオ先生、宇多喜代子先生も参加されたことがある。 お二人は大会の帰路に興禅寺に立ち寄ってくださった。兜太先生の誼ということもあっただろう。天下の宗匠ながらちっとも肩の凝らない、見事に普…
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夢の力・喜夫第二句集『潜伏期』

「ブックカバーチャレンジ八冊目」 橋本喜夫第二句集『潜伏期』発行所株・書肆アルス 橋本喜夫(はしもと・よしお) 昭和32年北海道霧多布生まれ 平成10年「雪華」入会 平成11年「銀化」入会 平成28年「雪華」主宰継承 集中から感銘句をいくつか。 降る雪のたやすく過去となりにけり 喜夫 地…
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「正法眼蔵啓迪」のこと

「ブックカバーチャレンジ七冊目」 『正法眼蔵啓迪上中下』  本書は西有穆山禅師(文政4年10月23日(1821年11月17日) - 明治43年(1910年)12月4日)は、陸奥国(青森県)八戸出身の日本の曹洞宗の僧侶、 總持寺独住3世貫首。法名は瑾英、直心浄国禅師)になる正法眼蔵提唱を富山祖英老師が聽書し、後に整理したも…
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大般若理趣分

「ブックカバーチャレンジ六冊目」 大般若波羅蜜多經卷第五百七十八・三藏法師玄奘奉 詔譯 大般若理趣分(りしゅぶん)とも理趣分経ともいう。詳しくは大般若波羅蜜多経巻第五百七十八第十般若理趣分。大般若波羅蜜多経(大般若経)は600巻という膨大な巻数を誇る経典。その中の一つ。 次のような解釈がある。 「理趣naya…
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法話集『両箇の月』のこと

「ブックカバーチャレンジ五冊目」 法話集『両箇の月』いのちの風光・俳句の窓辺から 巻頭言   令和三年(二〇二一)は總持寺開創七百年となります。總持寺は元亨元年(一三二一年)、能登国鳳至郡櫛比庄(現輪島市門前町)に瑩山禅師によって開創され、ここに曹洞宗門の扉が開きました。 高祖道元禅師の開かれた永平寺と太祖瑩…
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エッセイ集『拝啓、良寛さま・曲がり真っすぐ禅の道』のこと

市堀玉宗エッセイ集『拝啓、良寛さま・曲がり真っすぐ禅の道』北國出版社 四年前、兼務寺永福寺を弟子に譲り晋山式を挙行した。 私は前住職となり謂わば隠居さん。退董記念の回信としてそれまでブログに綴っていた自叙伝めいたものやら説教染みたものや俳論めいたものやらを纏めて一冊にした。随分な分量で記念品としては読みごたえがあり過ぎた…
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生前遺句集?!『安居抄六千句』のこと

市堀玉宗著第三句集『安居抄六千句』邑書林販売価格  1,620円(税込)http://youshorinshop.com/?pid=91226737 「平成の小林一茶!市堀玉宗が嘯く第三句集」と自ら銘打って刊行した第三句集。五年前になるんだね。いい年だな。第二句集から十五年近くになっている。その間、能登半島地震に被災し…
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幻の第二句集『面目』のこと

市堀玉宗著第二句集『面目』 第一句集ではいろんな意味で心残りやらあり余る思いがあったせいか、五年後に上梓した第二句集は作者としては渾身の作品であるという自惚れが強かった。序文もなし。帯文には自分勝手な文章を載せて意気揚々たるもの。 然し、結果は芳しくなく、協会新人賞の候補にはなったが掠りもしなかったというのが実際のところ。惨…
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幻の第一句集『雪安居』のこと

FBで流行っている「7日間ブックカバーチャレンジ」を俳句友達の悦ちゃんからバトンタッチされて柄にもなく引き受けたのでブログにも転載する。彼女じゃなかったらお断りしていたことを白状する。こう見えて読書家でもないし、なんか「不幸の手紙」みたいなバイアスの連鎖が面白くない。本の紹介をするに吝かではないが、もっとゆるく好き勝手にさせて戴…
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無為の法

薫風やきれいな空の下にゐて 玉宗 今日から六月である。 コロナ終息を祈願しての「大般若経理趣分真読祈祷」も一カ月を修行した。千日祈祷を目標とすれば先は長い。遅まきながら、「千日」とは約二年九カ月であることに気が付いた。一カ月が過ぎたのだから後二年と八カ月ということになる。口外までして今更引き返すのも口惜しいので続けるので…
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眼横鼻直を生きる 

かんばせに朝のひかりや更衣 玉宗 「眼横鼻直」とは道元禅師が悟られた世界を表すのに用いられた言葉の一つです。 仏法の様子を言うのに、目は横に鼻は直なることを以って足りているということ。仏法という何かしら有難いものが自己の外に塊のようにあるのではなく、まさに自灯明として自己の分際に明らかなものであるということです。 …
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初めての僧堂

緑陰に逃げ果せたる思ひあり 玉宗 板橋禅師のもとで得度式を終えて間もなく、雲水姿で汽車と連絡船を乗り継ぎ四国愛媛に渡る。 漸くに叶った僧としての歩み。初めての僧堂は新居浜市の仏国山瑞応寺専門僧堂。瑞応寺は宗門内では古規に則った如法な修行をしている道場として知られている。僧衣や袈裟も古式ながらの「如法衣」というものを身につ…
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得度式の思い出

麦秋や僧となる子に海見する 玉宗 越前市武生に瑞洞院という鄙びたお寺がある。 昭和五十六年、私は板橋興宗禅師の自坊であるこの寺で二度目の得度式をあげた。二度目と言うには理由があって、その数年前に故郷を出て秩父にある臨済宗の寺で出家し得度したのだが、ほどなく出奔して全国放浪。縁あって能登の地で板橋禅師に拾って頂いた経緯があ…
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信を生きる

生きてゆく力なつかし雲の峰 玉宗 コロナウイルス終息を祈願し、千日回峰ならぬ千日祈祷を始めて二十四日。毎朝の勤行で「大般若経理趣分真読」を続け、疫病退散・降伏一切大魔最勝成就を回向している。一般的に「祈祷」と言えば「護摩祈祷」で真言宗が有名だが、真宗系を除いた各宗派にもそれなりの「祈祷儀則」や「秘儀」があるだろうことは…
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お寺という格差社会?!

蝶となり海を渡らん夏薊 玉宗 昨日、凡そ次の様な電話が掛かってきた。 「・・・と申します。ご家族が亡くなった場合に直接葬儀社へ連絡される方々がおられるのですが、私共はそういう方々へお寺を紹介するサービスをしております。一時間ほどの遠隔地でも檀家でない方からの葬儀をお引き受けできますか?」 世に言う「僧侶派遣…
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原郷の風景・再掲

虎杖や熊を親父と呼ぶ故郷 玉宗 北海道渡島半島噴火湾沿いにある漁師町が私の生まれ故郷である。 今頃の季節は天然昆布の採取が始まっているだろう。養殖昆布が普及した現在では一年を通じて地元で働けるようになったらしいが、昔は夏場はどの家でも一年で最も忙しい稼ぎどきだった。家族総出は当たり前。私も小学生のころから櫂や櫓を漕い…
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俳句という出会い

野に下る都忘れの心あり 玉宗 秋口の原稿〆切で結社誌から「現代俳句鑑賞」なるものを依頼されていることもあって、余り気が進まないのだが、それでもこの際にわが俳句鑑賞の心持ちを確認しておくのも無駄ではないようにも思える。 以前にも書いたことだが、「鑑賞」とはつまり私の感性に響く作品を紐解き、謎解き、感応する作業なのである…
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生と死と

飛び立つか舞ひ降りたるか山法師 玉宗 コロナウイルスで社会が少なからず混迷している。世界全体で三十万人を超える死者が出ており、その圧倒的な数量に驚きを越えて感覚がついていけない。顧みれば、コロナだけではない。毎日、毎月、毎年、そして人類発生以来どれだけの生と死が繰り返され、いのち受け継がれてきたことだろうか。それはその…
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今とひらく花の明るさ

そよと散るナニワイバラや夏日濃く 玉宗 興禅寺の境内は今や藤の花、大手毬、小手毬、萩若葉、花水木、花あやめ、一八、紫蘭、鈴蘭、都忘れ、シャガの花、牡丹、葉桜等々、五月の花のあかるさに満ちている。いい季節だ。釈尊降誕会・花まつりは五月十六日。例年、そのような花の明るさや五月の空の青さの中での法要なのであるが、今年はコロナ…
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