寒行托鉢二十九日目

団欒の灯しに映ゆる雪うさぎ 玉宗 寒行托鉢二十九日目。 托鉢もあと二日。明日の最終日は節分である。例年、最後の托鉢は朝から一日中歩くのだが、今年は午前中に檀務ができて午後からということになった。 今日は總持寺祖院の雲水さんたちが寒行托鉢で輪島市内を歩き、中食を永福寺で供養させて頂くことになっている。毎年のことで、一…
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寒行托鉢二十七日目

青葉深く火の玉抱へ万年青の実 玉宗 寒行托鉢二十七日目。 一月も今日が晦日。明日からは二月。当たり前か。今年もあと十一か月。それも当たり前か。 流れてやまぬ時光の速やかなること。つまらない時間は死ぬほど長く感じられ、遅々として進まぬが如きであるが、夢中に生きている折は一日が二十四時間であるのが納得がいかない。ど…
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寒行托鉢二十五日目

三寒の仏に侍る目覚めかな 玉宗 寒行托鉢二十五日目。 托鉢もあと六日となった。実は今年は例年になく念入りに、丁寧に歩いたつもりである。いつまで寒行ができるか分からんが、できれば体がついて行けなくなるまで続けたいと思っている。毎日同じコースをお経を挙げながら歩いているのだが、いつも今日が最後と気を引き締めて、肩の力を抜いて…
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寒行托鉢二十三日目

外浦の風に水仙なだれ咲き 玉宗 寒行托鉢二十三日目。 もしかして、雪のない寒行托鉢になりそうだ。三十年以上しているがこんな年も初めて。まあ、しょうがない。自然のなりゆき、運行に身を任せるしかない。 さて、中國で発生したコロナウイルスが世界中に拡散し始めているようだ。東京オリンピックもどうなることやら先行きが予断…
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寒行托鉢二十一日目

約束の時間はうつろ浮寝鳥 玉宗  寒行托鉢二十一日目。 寒行もあと十日となった。昨日は午前中に能登の宗門寺院二カ寺に法話集『両箇の月』を配って回った。それぞれ百冊と五十冊である。僧堂関係では瑞応寺、明光寺、晧台寺にそれぞれ五十冊づつ購入して戴いた。檀信徒への施本として活用してほしいと刊行したので、地元の輪島市民には縁のあ…
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寒行托鉢十九日目

竹藪を吹く風の音の寒かりき 玉宗 寒行托鉢十九日目。 葬儀も滞りなく終り、今日から平常通りの寒行托鉢再開。昨日おとといは時間帯を代えて托鉢をした。今のところ休まずに続けられている。コロナウイルスが話題になっているが、昨年末に数年ぶりにインフルエンザの予防接種をしたりして、寄る年波を考慮して風邪を引かぬように心がけるよ…
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寒行托鉢十七日目

霜とけて力抜けたる菜なりけり 玉宗 寒行托鉢十七日目。 寒行も折り返しである。大寒を過ぎても雪らしい雪が降らない。予報を見ても月内は大雪もないようだ。二月にずれ込むのかな。 さて、今年初めての葬儀となった。今を流行りの「家族葬」の依頼である。施主の希望に添うことに吝かではないが、以前から危惧している「儀礼」の持…
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寒行托鉢十五日目

あきらめてはならぬ冬菜も真っ青な 玉宗 寒行托鉢十五日目。 昨日は初観音ということで輪島市光浦地区にある観音堂でお勤めをした。 光浦地区は漁師町であり、戸数四十戸ほど。永福寺の檀家ではない。すべて他宗派である。 お堂の本尊は千手観音で、輪島市光浦の漁師新左衛門が海から拾いあげたものだったが、その後、曽々木海岸…
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寒行托鉢十三日目

寒き世に一人鈴振るばかりなる 玉宗 寒行托鉢十三日目。 なかなか雪が降らない。降り過ぎても困るが、降らな過ぎてもなんか気持ちが悪い。托鉢をしていると「雪がなくていいですね」「寒行らしくないね」「寒くないと賽銭も少ないんじゃないのかい」みたな、コメントを戴くことが多い。    コメントと言えば先日ツイッターで…
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寒行托鉢十一日目目

南天の実や簪と垂れにけり 玉宗 寒行托鉢十一日目。 先日、FB上で「愚の骨頂」についての見解を再認識させてくれるコメントのやりとりがあった。 お坊さんという「生き方の一つの典型」といった記事の最後で思わず「愚の骨頂」になり下がりたくはない」と書いてしまった。 「風のように、雲のように、水のように、こだわり…
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寒行托鉢九日目

来た道を帰るばかりぞ寒くとも 玉宗 寒行托鉢九日目。 昨日の北國新聞朝刊に總持寺祖院の寒行托鉢が始まった記事が載っていた。昨年は寒の入りから行持していたが、今年は少し遅れて始まったようだ。私が出仕していたころは大寒から始めて節分までの二週間の行持であった。午前中で祖院の托鉢を済ませて、昼からは自坊である永福寺の寒…
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寒行托鉢七日目

しばれたる身に鯛焼のあたたかさ 玉宗 昨日は「遠鉢」と言って、輪島を離れて隣り町での寒行托鉢一人旅。ま、いつも一人の托鉢なんだけど。握り飯を夫人にこさえてもらい出発。 現地に着いて「冬用防寒合羽」を忘れてきたことに気付く。お天気は晴れて青空が見えている。合羽がなくてもできそうだったのだが、念のために夫人に電話をして持…
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寒行托鉢五日目

結びたる御籤固きも寒の内 玉宗 寒行托鉢五日目。 昨日は一日中風が強かった。 北海道生まれの私は北陸能登も雪が多いところかと思っていたのだが、輪島に住んで間もなく、冬の雷にも驚いたが、雪よりも風の強さが半端ない所だと知らされた。輪島に住んで三十年以上になり、毎年托鉢を続けていたのだが、特に寒中は海からの強風を受けて…
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寒行托鉢三日目

僧となる月日の中の寒さかな  玉宗 寒行托鉢三日目。 年が明けてから積もるような雪が降らない。近年は輪島も大寒が過ぎたころから本格的な雪になるようになった。中旬過ぎから二月にかけて吹雪くことが多い。今年もそんな感じかな。 「寒行」と言えば寒さに耐えての「行」ということで如何にもこれみよがしではあるが、寒さで余念を交…
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今日の「威儀即仏法」

托鉢の銭も手足もしぐれけり 玉宗 昨日のお札配りは夕方の雨に遭うこともなく、順調に終わった。 今日は五日。今年の寒の入りは六日になっている。小寒も年によって五日、六日とズレがある。お寺の寒行托鉢は暦に合わせず五日と決めている。ということで、今日から節分まで午後から半日、寒行托鉢が始まる。 お坊さんになって四十年…
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年頭まわり今昔

三日過ぎ子の手を借りる札配り 玉宗 正月三日。 明日からは永福寺の年頭参りが始まる。三が日の間お経をあげたお札を檀信徒の家々に配って回る行事である。今日はその準備に日となる。札配りは昔から、地域の子供たちの手を借りて回るのが習慣となっている。手配するのは夫人の役目になっていて、輪島も少子化で、年々手伝ってくれる子供を探す…
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あけましておめでとうございます

 「かの川は鼠泳いで鮭のぼり 玉宗」       「かの山は兎顔出し熊穴に  玉宗」 皆様、あけましておめでとうございます。 昨年はご訪問下さってありがとうございます。毎日、俳句という自己満足や仏道の謎めいた小話にお付き合いくださって感謝です。 一休さんは、元旦は冥途への一里塚みたいなことを嘯いていましたね。…
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法話集『両箇の月』刊行

總持寺の鐘の音とどく大根かな 玉宗 大晦日近くになり、漸く念願の法話集『両箇の月』ができた。 有縁無縁の方々へのお年玉となってほしいな。以下のような目次と経緯でなったものです。よかったら、お手に取ってご照覧ください。申込の詳細は最後に記してあります。 目  次 序言         大本山總持…
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年惜しむのこころ

年越すに少しばかりの浪費して 玉宗 年越しの準備に余念がないのだが、。加齢と共にそのペースが遅くなってきている。それは夫人も同様。年惜しむという季語があるが、さながら、年の用意を惜しみつつしているような塩梅である。勢いにまかせてこなしていた若いころと違って、一つ一つの作業に手間が掛かったり、忘れたり、準備を念入りにせざ…
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「聖職」って、どうよ?!

干され干されて味はひ深き大根かな 玉宗 先日の記事である「宗教消滅」に戴いたコメントに、「聖職」もまた「死語」となっているのではないかとあった。死語となっている現実を先生と僧侶が証明してくれたというものである。世の中の目は厳しいものだと再認識した次第。そうではあるが、やはり一般社会と仏道では「聖」と「俗」に対する見解に…
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流れのこころ

冬の浜瀕死の波がうち寄する 玉宗 生きることは「流れ」そのものである。「諸行無常」と古来より言い慣わしている通りであるが、その真相が身に沁みて実感させられる今日この頃。何を今更ということになるのだが、恥を忍んで事あげするのではある。 道元禅師は「時は有なり。有は時なり」と諭された。「時」とは「いのちそのものだ」という…
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俳句鑑賞・その12(最終回)

托鉢の銭も手足も冷えにけり 玉宗 〇12月17日の投句より (承前)偶像を排除した、ありのままの世界。そのあっけらかんとしたあかるさ、ひろやかさ、こだわりのなさ、のびやかさ、厳しさ、というようなものがある。そのようなものから、表現と云う一定の距離を保つこと。なぜかそれがこころを癒し、生きる姿勢を正す。それが詩…
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「宗教消滅」って、どうよ?!

沖見える峰に出でたり松迎へ 玉宗 「宗教消滅」という本が、宗教学者・島田裕巳氏によって出版された。そのインパクトのある題名をマスコミも放っておくはずもなく、先日もテレビでコメンテーターとして登場していた。氏は嘗て「葬式は要らない」「戒名は、自分で決める」といった本も出している。長らくタブー視されてきた「葬儀というかたち」「…
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俳句鑑賞・その11

埋火やいつかは忘れらるゝ身の 玉宗 〇12月13日の投句より 「往きて還る俳諧の心」  生きていることのどうしようもなさ、不思議さ、あやうさ、こだわりのなさ、有難さというようなものがある。生かされて生きているわたしのいのち。それは覆すことのできないほどに目の当りしている事実である。そのような私の地平から望む…
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随流去

葉牡丹に見上げた空のあるばかり 玉宗 師走も半ばを過ぎた。 年の瀬が近づくと思うだけでも何やら気ぜわしさが漂い、余り好きな時季ではない。年が変わるということが只ならぬことだとでも言うような塩梅だ。一日一日の流れの延長で十二月が一月になるというだけのことなのだが、やはり大きな一つの節目であることをいやがうえにも自覚させ…
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俳句鑑賞・その10

煤竹をくべて焚火を太らする 玉宗 〇12月9日の投句より (承前) 林間を人ごうごうと過ぎゆけり 谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな 海とどまりわれら流れてゆきしかな 暗黒や関東平野に火事一つ 私が初めて金子先生にお会いした昭和50年初頭は、熊谷に棲むようになって年月もそう経っていないころだった…
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本末転倒の社会・再考

冬紅葉これより下る都かな 玉宗 現代は「本末転倒の社会」であるというのが私の感想である。それは僧俗共に危ぶまれている社会現象だと思う。それでは何が「本」で何が「末」か。「元を尋ねて末を憂うること勿れ」という言葉もある。 結論から言えば、すべては「本末」があるというのが真相であり、もっと言えば「本末一如」であるとい…
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俳句鑑賞・その9

煤払ふさ中の雪となりにけり 玉宗 〇12月5日の投句より (承前)五七五、短詩形故に似たり寄ったりの味わいではあるが、似て非なるものであることも確かである。「言葉ひとつ」「助詞ひとつ」も疎かにならない所以でもある。俳句に於ける「切れ」の問題も「間・余情・余白」といった「言葉の掛け橋」へのセンス・感性が試されている…
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わが同時成道の宗旨

成道の粥炊きにゆく星明り 玉宗 今年も師走となり、光陰矢のごとしと実感させられる日々。今年一年私なく「今」をまっすぐ生きていたのかどうか。先を当てにし、あなどり、恐れ、過ぎたことを引きずり、悔やみ、おごり、妄想の限りを尽くしていたのではないのかどうか 諸行無常の人生に対処するにはそれなりの心構え、姿勢といったものが欠…
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俳句鑑賞・その8

近道はなんだか怖ひ雪婆 玉宗 〇一句鑑賞・12月1日の投句より (承前)感性による認識、つまり、言葉という感性がいのちのという感性に影なし、光りなす表現の楽屋裏。そのような離れ業は「無心」でなければできるものではなかろうと思う。「無心になること」私にとってそこが唯一、仏弟子にして俳人であることの証明ともいえるのか…
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風邪の思い出

母似なるわが手わが足荒れにけり 玉宗 一週間ほど前から咽喉がイガイガし出している。風邪の初期症状はいつもこんな感じ。生憎週末で病院にも行けず、市販薬で済ませているうちに今回はなんとか収まりそうである。 いつものことだが私が風邪を引くと洗濯物が多くなる。子供の頃の刷り込みとは侮れないもので、実母は私が風邪を引くと「…
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俳句鑑賞・その7

暮れてゆく跫ばかり十二月  玉宗 〇一句鑑賞・11月26日の投句より (承前)私にとって俳句を作り続けることは、確かに日常を生きている私の縦軸と横軸の交差の軌跡である。そしてそのような「表現するという作業」が生きる愉しみになっていることを否定することはできない。金にはならないが、欲を越えたところで私を支えている事…
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今、ここに、生きる

帰り花おめおめ生きて何が悪い 玉宗 十一月も今日が晦日。明日からは十二月となる。当たり前か。 その当たり前と受け取っている「時の移りを日、月、年と区切りをつけること」が本当に当たり前なのかどうか。六十四年の間「時」は流れ、移り変わものだという定義を疑うこともなく、何気なく、当たり前のように生きてきたのだが、さて、時間とい…
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俳句鑑賞・その6

冬籠り雲の腸見て暮らす 玉宗  〇11月23日の投句より ところで「不易流行」という言葉がある。 「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず・去来抄」「蕉門に、千歳不易(せんざいふえき)の句、一時流行の句といふあり。是を二つに分けて教え給へる、其の元は一つなり。・去来抄」「師の風雅に万代不易あり。…
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しぐれ勝ちなる人生の

大根に冷たき雨の降る日かな 玉宗 時雨模様の昨日今日。   お寺へ帰る車の中で夫人としみじみと話したことがある。謂わば、時雨勝ちなる人生の会話というべきものかな。 それはほかでもない。人の一生のうつろい、儚さなることを今更ながらに感じることへの感慨である。同い年の二人である。その半分以上を夫婦として生きて来た。言う…
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俳句鑑賞・その5

山眠るやうに死にたいだけのこと 玉宗 〇11月19日の投句より 子規の跡を継いだとされる虚子は「客観写生・花鳥諷詠」というお題目を掲げて時代の俳句界を牽引していったが、私には子規の「写生」と虚子の「写生」が似て非なるものに思えて久しい。写生と雖も表現であるから当然作者の主観の色合いが出る。人柄というか、匂いという…
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等閑という生き方

国上なる落葉に埋もれ五合庵 玉宗 良寛様の次の詩は宗門のお坊さんの間だけではなく一般にもよく知られているものではないかな。 生涯懶立身 生涯身を立つるに懶く  騰騰任天真 騰騰として天真に任す  嚢中三升米 嚢中三升の米  炉辺一束薪 炉辺一束の薪  誰問迷悟跡 誰か問はん迷悟の跡 何知名利塵 何ぞ…
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俳句鑑賞・その4

もの言はぬ一日石蕗の花に暮れ 玉宗 〇11月15日の投句より あたゝかな雨がふるなり枯むぐら  子規 名月やすたすたありく芋畑 一籠の蜆にまじる根芹哉 みちのくへ涼みに行くや下駄はいて 「子規の句を見ると、初めのうちはそんなに器用な、上手な作家とはとても思えない。才能のひらめきは見ることができる…
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日々是好日って、どうよ

帰り咲くものへこころの変りやう 玉宗 今日は興禅寺の観音祈祷法要である。 今回はいろいろ事情やら都合があって、昼からの法要となる。予報では雨風強い。参拝者には気の毒な天候になりそうだ。それでなくともお参りが少なくなっている現況。せめてお天道様だけでもご加担願いないものかと密かに手を合わせてはいるのだが、こればっかりは授か…
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俳句鑑賞その3

夕星にひとり消えゆく焚火かな 玉宗 〇11月14日の投句より 一日一句鑑賞の趣旨から逸脱感が半端ないのだが、今日は恥を忍んで、鑑賞というより市堀式添削を披露して、私の「写生俳句」の手法を具体的に語ってみたい。ご不満もおありでしょうが、そこは大目にね。反面教師ってこともありますから。参考までに、何かを気づいてくれたらう…
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誕生日といふ一里塚

暮れてゆくもののにほひや枯尾花 玉宗 11月16日は私の満64歳の誕生日である。それがどうしたと言われそうだが、いやあ、つくづく来し方行く末をおもんみるようになったことであることよ。若いころは人生に迷いもし、行ったり来たり、こけたりぶつかったり、ふり返れば、わが身ながらも、随分といろんなことがあったし、いろんなことをし…
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俳句鑑賞、その2

冬に入る五七五の駆け足で 玉宗 〇11月7日の投句より 俳句の真骨頂とはなんだろうかとよく思う。何が面白くて毎日似たような定型詩を垂れ流しているんじゃろうかとわれながらよく分からぬままに生きている。 そいうことをつらつらおもうに、なんだかんだいっても俳句の俳句たるは「あたらしみ」にあるんじゃなかろうかと。日…
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十一月のこころ

誰もゐぬ十一月の仏間かな 玉宗 十一月という月は不思議な月だ。 小春、小六月、神無月などの時候の呼名からも、なんだか妙に明るい印象が私にはある。枯れてゆく地の地味なあかるさ、とでもいうべき空気感があるじゃないか。 細見綾子の俳句に「峠見ゆ十一月のむなしさに」といったものがある。「十一月のむなしさ」なんて、それまで詠…
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俳句鑑賞

言霊の石や碑となる秋の風 玉宗 FB上でのお付き合いで、「俳句大学」なるものに毎日鑑賞文を載せることになったので、折々にUPしていこうかな。今回は纏めて四日分。 〇11月2日の投句より 「湯冷めして影の勝手に歩き出す 静代」 「熱を持つ息ひしめきて石榴の実 静代」 その俳句的感性に注目するのだが…
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法話集出版企画、その後

偶に来る実家の裏の柚の実かな 玉宗 總持寺開創七百年を令和三年に控えている。 その慶事に与かって法話集なるものを編んだことは以前記事にしていた。なんとかして製本し刊行したいものだと密かに企んでいたのだが、施主を募ったところ、心ある方々の援助があって、この度なんとか今年中には出版できることになった。予算の関係もあり、格式ば…
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人を創る

作務僧の忘れ箒や冬隣 玉宗 今年は總持寺を能登門前から横浜鶴見へと移転した当時の住職・石川素童禅師の百回忌である。命日は11月16日であるが總持寺では先日から百回忌遠忌の法要が行われている。祖院からも山内の役寮大衆が法要随喜している。 本山が移転して疾うに百年以上を越えているのだが、能登の地元では未だに横浜へ本山…
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出家という生き方

留守がちの神の國なりよく冷えて 玉宗 十一月になった。 小六月とか小春などとも言われ、比較的穏やかな日和が多い印象があるのだが、今年はどうだろう。思えば倅の晋山式も十一月だった。早いものでもう三年が過ぎた。 私の最初の得度は秩父のお寺であった。曹洞宗ではなく臨済宗だった。今から四十年以上も前の話し。今頃の時季だ…
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季節の変わり目のこころ

少し老いて紅葉狩りより戻りけり 玉宗 十月も今日が晦日である。 朝夕の寒さが身に入みるようになり、興禅寺の境内も毎日紅葉且つ散り、且つ掃き掃除の毎日である。今頃は日中、お天道様が照っていると、お寺の中にいるより外の方が温かいことがある。外に出るたび、竹箒で落葉掃きをするのだが、一時間も掃き作務をしていると、じわっと汗を掻…
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子供と大人

謎解けぬままに老いたる木の実かな 玉宗 今年もあと二か月ほどとなる。又寒い日々が来るんだね。寒さをわがものとして遊ばなくてはやってられない。暑さ寒さもこれまでとは次元を異にした対処は勿論、人類の進歩観の再点検を余儀無くされる時代に入っている。気候変動が半端ない今日この頃である。人間という地球の住人がしでかした事の結果で…
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もう一人の自己に出会うために

玉葱を吊るす杣家の深庇 玉宗 新しい世界へ足を踏み出すには不安と期待の綯い交ぜの落ち着かなさが誰にでもあるだろう。 顧みれば、人生とは別れと出会い、そして発見や感動、失望の連続であり、後先も明らかならぬまま、今の命を戴くばかり。人の先入観や都合を少しづつ裏切り人生は展開していく。だれもがそれなりの失望を経験した上で、更な…
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