テーマ:生きるということ

良寛という生き方

堅香子の影と寄り添ふ五合庵 玉宗  良寛さまの周りにはいつも子供たちがいたという。朝も夕方も懐くようにやってくる。それを一つも煩わしいと考えずに子供たちと一緒になって遊んでおられた。また、村人が畑を手伝ってくれと言えば、畑の中に入った。時には草引きもし、家の手伝いもした。月夜の泥棒に黙って蒲団を盗まれたり、墨が…
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いのちの尊さに生きる

生きものの脛に傷ある涅槃かな 玉宗 女性差別問題で揺れている日本社会だが、仏道にあってはどうなんだろう。ひと昔前までは尼僧さんは格のあるお寺の住職になることができなかったことを宗門人ならば知らぬ人もおるまいし、知らぬふりをすることもできまい。現代でも宗門に於ける尼僧の相対数は低いが、今では愛知専門尼僧堂堂長でもある青山…
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足の裏で考える

犬ふぐり徒食の影がたもとほる 玉宗 前大本山總持寺貫首・板橋興宗禅師が金沢大乗寺住職であった頃、本堂の露柱に「足の裏で考える」という貼り紙があった。マッサージ業界のコピーではない。仏道が命の実感・身心学道に参究することに尽きるという禅師様ならではの修行者への指南であると受け止めたい。   われわれは「あたま」が…
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出会いという宝 

春風やまだ調はぬ空ながら 玉宗 人を変え、人を育てるもの。それは出会いではないでしょうか。 出会いは人ばかりではありません。生老病死、天災人災、吉凶禍福、毀誉褒貶等々、様々な出会いがあり、そのいずれもが選ぶことができないものばかりです。 然し、本来、選ぶ必要もなく、全てがわたしの学びの糧、全てが私の鏡であること…
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愚のごとく生きる

仏弟子はほとんどをのこ茎立菜 玉宗 禅宗のよく読誦する「宝鏡三昧」というお経の一節に次のようなものがある。 潜行密用 如愚如魯 只能相続 名主中主 「潜行密用は愚のごとく魯のごとし。ただよく相続するを主中の主と名なづく」 愚かさとは何か。それは自己を知らないことに尽きる。そして仏道に於ける「愚」とは何か。…
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知足のいのち

来た道を帰るばかりぞ寒くとも 玉宗   「小欲知足」という仏教用語があります。 欲少なく、足ることを知る。これは他人事ではなくわがいのちの戴き方を言っています。現状に我慢しろといった浅い話ではありません。仏道とは言うまでもなく一人一人のいのちの話です。その深さと豊かさ、いわば縦軸の話しです。そこには、ものたりないと…
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初心よければ

  蝋梅のひらかむとしてにほひたち 玉宗 諺に、「終わりよければすべてよし」とあります。 本来は、ものごとは最後の締めくくりが大切であるということのようですが世間では些か趣を異にして結果がすべて、取り繕ってまでしても結果の見栄えの良さを問題にしているかのようでもあります。 しかしそもそもが、何を以…
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初心に生きる

子を呼んで初めての雪仰がしむ 玉宗  永平道元禅師御撰述『学道用心集』の中に「有所得の心を用つて佛法を修すべからざる事」という項がある。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  右、仏法修行は、必ず先達の真訣を稟て、私の用心を用いざるか。況や仏法は、有心を以つて得可からず。無心を以て得べ…
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無心に生きる

コスモスを吹く風だれも咎めざる 玉宗 気持ちよく死ぬ為には気持ちよく生きるしかありません。 「気持ちよく生きる」とはどういうことか?自分が気持ち良ければそれでいいのか?結論を言えばそれでいいのだと思います。問題はその自己の何たるかです。欲望に振り回される自己。そのような自己の「気持ちのよさ」とは一過性のもの。つまり苦…
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震災を生き延びた二人

生きて来た二人の朝の桔梗かな 玉宗 結婚して三十五年。 亡くなられた板橋禅師は私のことを褒めることは滅多になかったが、夫人のことは褒めちぎるのである。 「あんたさんには勿体ない」と仰るのが常であった。どうも本心からの言葉、心情であったらしい。夫人を褒められて悪い気はしなかったが、本人にしてみればなんだか面映ゆい。自…
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一遍上人のことば

夕風にぐらりとゆらぐ酔芙蓉 玉宗 「生ぜしも独りなり死するも独りなり されば人と共に住するも独りなり」 一遍上人のお言葉です。いのちの実相。それは自己ぎりの世界でありながらも自己を越えたところと切っても切れない世界の様子そのものです。いのちは孤独なものではありますが孤立しているのではありません。存在、そのものが既…
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生死に貪らない

艶めきて妙に元気な茄子かな 玉宗 能登では旧盆である。八月に入ると教区寺院が山門施食会を営み、中旬には棚経参りが始まる。今のところ能登にはコロナ感染者がいないということもあってか、予断は許さないが、蔓延防止策を施して法要も棚経も例年通りに行う予定である。東京ではどちらも中止になったと聞いている。 さて、宗門ではお盆に…
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ある篤信家の夫婦

きちかうや二人し生きてきた朝の 玉宗 その夫婦は私が興禅寺に入る前からの出会いになる。 私がまだ、總持寺祖院に雲水として安居していたころ、典座寮で朝粥の洗い物をしていると、窓の下を夫婦と思われる二人が毎朝同じ時刻に通っていくのが見えた。境内が近道にでもなっているのであろうことは察しがついていたが、それが町のバス停留所へつ…
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「人生のはざまで」

死にながら生きたる人の涼しさよ 玉宗  大乗寺に板橋禅師が晋山されたのは私がまだ瑞応寺で修行の真っ最中の時であった。その頃、大乗寺は専門僧堂としての看板を降ろして閉単状態であった。禅師さまがそれを放って置く筈もなく、間もなく宗門より正式な認可を得て再単の運びとなった   なったのはよかったが、修行する者が少なく、枯れ木も…
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不要不急の生き方?!

夏萩や会ふも別れも手をにぎり 玉宗 令和二年も半年を過ぎた。 コロナウイルスという疫病が世界中に蔓延し、その終息の兆しがあるのかないのか。わたくしのような者には分かりかねると言うのが正直なところ。思えば、人類の歴史とは疫病の闘い、克服への試行錯誤の歴史でもあっただろうか。優れた科学者や医学者や疫学者の努力と功績、そして多…
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顏で人を判断する?!再考

見上げたる空の眩しさ沙羅の花 玉宗 私と夫人は見合い結婚である。 知人から紹介された写真を見て先ず感じたのは「古風な顔やな・・」である。着物姿でしとやかさを気取ってはいるが、「おてんば娘に違いない」とも察したものだ。いずれにしても「俺にはない感性を持っていそうだな」と興味が湧いたのを今でも覚えている。一緒になって三十五年…
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無為の法

薫風やきれいな空の下にゐて 玉宗 今日から六月である。 コロナ終息を祈願しての「大般若経理趣分真読祈祷」も一カ月を修行した。千日祈祷を目標とすれば先は長い。遅まきながら、「千日」とは約二年九カ月であることに気が付いた。一カ月が過ぎたのだから後二年と八カ月ということになる。口外までして今更引き返すのも口惜しいので続けるので…
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初めての僧堂

緑陰に逃げ果せたる思ひあり 玉宗 板橋禅師のもとで得度式を終えて間もなく、雲水姿で汽車と連絡船を乗り継ぎ四国愛媛に渡る。 漸くに叶った僧としての歩み。初めての僧堂は新居浜市の仏国山瑞応寺専門僧堂。瑞応寺は宗門内では古規に則った如法な修行をしている道場として知られている。僧衣や袈裟も古式ながらの「如法衣」というものを身につ…
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得度式の思い出

麦秋や僧となる子に海見する 玉宗 越前市武生に瑞洞院という鄙びたお寺がある。 昭和五十六年、私は板橋興宗禅師の自坊であるこの寺で二度目の得度式をあげた。二度目と言うには理由があって、その数年前に故郷を出て秩父にある臨済宗の寺で出家し得度したのだが、ほどなく出奔して全国放浪。縁あって能登の地で板橋禅師に拾って頂いた経緯があ…
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信を生きる

生きてゆく力なつかし雲の峰 玉宗 コロナウイルス終息を祈願し、千日回峰ならぬ千日祈祷を始めて二十四日。毎朝の勤行で「大般若経理趣分真読」を続け、疫病退散・降伏一切大魔最勝成就を回向している。一般的に「祈祷」と言えば「護摩祈祷」で真言宗が有名だが、真宗系を除いた各宗派にもそれなりの「祈祷儀則」や「秘儀」があるだろうことは…
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義母の回峰行

夏花摘むだけの母とはなりにけり 玉宗 コロナウイルス終息を願って始めた「千日回峰行」に倣っての「千日祈祷」も今日で十日目。先は長い。 さて、回峰行と言えば、一緒に暮らしている義母の生きざまを書かねばなるまい。今月99歳になる義母は、能登半島地震被災二年前に夫である先代住職を亡くした。長年住職と共に檀家のないお寺を苦労して…
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ここに目覚める

満を持しひらき初めたる牡丹かな 玉宗 人生、泰然自若として苦難に向かってゆくことは容易ではない。 朝起きてから夜眠るまで気にくわぬことが山ほどある。洗面の水が冷た過ぎたり、風呂の湯が熱すぎたり、食卓に向かえばご飯が柔らか過ぎたり、強すぎたり。些細なことほど気になるもの。注文通りになることの方が珍しいのかもしれない。家…
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本気で生きる?!

北前の沖も明けたり鳥風に 玉宗 以前、ツイッター上でのやりとりで、俳句甲子園に関わっている若い人にデイベートについて「ムキなっているのが解らない」みたいなことを口走ったら、「本気でやっているんだ。じじいは引っ込んでいろ!」と窘められたことがある。本気か・・・・。本気で生きていない人がいるんだろうかと、暫し訝しんだのだが…
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諸行無常の宗旨・再考

虎杖を噛めばすつぱい故郷よ 玉宗 コロナウイルスという災難にあたっての心構え、身構えといったことに思いがいたる。 容赦のない諸行無常の人生に対処するにはそれなりの姿勢といったものがあろう。われらが宗旨は「諸行無常」を根本としている。それはどういうことか。 光陰矢の如しとはよく言ったもので、それは実感として申し分…
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本来の面目に生きる

あきらめないで花をつけたる苺かな 玉宗 「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷しかりけり」   これは道元禅師の傘松道詠歌の一つで、「本来面目」と題されたものである。故・川端康成がノーベル賞授賞式での講演で紹介したそうだ。川端にはこの歌に込められた魂こそが日本文化・文学の面目だという矜持があったのだろうか。…
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ゼロを生きる

寄り添へば遠き海鳴洲浜草 玉宗 今日は平成十九年能登半島地震が起きた日である。十二年の歳月が過ぎた。 今年も夫人と二人だけで興禅寺の本堂でお経を挙げ、被災者や再建支援者への回向をする。先日も震度五強の大きな地震が夜中にあって飛び起きたことである。地震の揺れに敏感になって久しい。地震だけではないが天災のスケールが大きくなっ…
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菩提の種

海原は淋しきところ彼岸西風 玉宗 お彼岸も今日で終わり。 彼岸と言えばいつも「今日彼岸菩提の種を蒔く日かな」という一句が思いこされる。「菩提の種」と何か?教義的には「六波羅蜜」つまり彼岸へ行くために行う、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の六つの修行徳目と言う。それらが「菩提の種」であると。農耕でも種を蒔いたり、田畑を耕…
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流れを全うする

白鳥の超えゆく遠き山河あり 玉宗 いのちの話し。 「ある」ことは「ない」ことを前提として成り立つ。諸行無常という「生老病死なるいのち」が、今にあることの真相は「死」を以てその前提条件としているから。いのちという「流れ」の循環。先祖や亡くなった親兄弟がどうして尊いのか。それはそのような次第の循環を「全うした」からだ。供養し…
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末期の目

雪のせて芽吹き初めたる蕗の薹 玉宗 今日は立春。 昨日の節分で寒行托鉢も無事円成。お志を戴いた方々に改めて感謝と共に敬意を表したい。今年は例年になく雪が少なく、荒れた日も多くはなかった。四十年近くの行事になるが、寒行托鉢の醍醐味というか、コツと言ったものをそれなりに学んで来ていたことに今更ながら気づくのである。 毎…
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年惜しむのこころ

年越すに少しばかりの浪費して 玉宗 年越しの準備に余念がないのだが、。加齢と共にそのペースが遅くなってきている。それは夫人も同様。年惜しむという季語があるが、さながら、年の用意を惜しみつつしているような塩梅である。勢いにまかせてこなしていた若いころと違って、一つ一つの作業に手間が掛かったり、忘れたり、準備を念入りにせざ…
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